三賢者と「ぼくは、革命に泣いた」
ぼくは、小学五年生。
最近授業の社会で「明治維新」とか「文明開化」とかを習ったんだけど、先生が黒板のすみにちょこっと書いた言葉に目が止まった。
「ロシア革命(1917年)―世界を変えた大事件」
なぜだろう?
なぜ“ロシア”なんて遠い国で起こったことが、ぼくの社会の教科書に出てくるんだろう?
その夜ふと「ロシア革命ってなに?」とノートに書いた瞬間、部屋の電気がチカチカッと揺れ、時計の針がぐるぐるまわり始めた。
現れたのは――
黒い帽子とコート、まるで時代劇に出てくるような男が現れた。
「わたしはレーニンだ。質問があると聞いて」
続いて、椅子にゆったり座った品のある女性が現れる。
「ハンナ・アーレントよ。革命について少しだけ語りに来たの」
最後に、古い本を抱えたヒゲもじゃの男が静かに登場した。
「フョードル・ドストエフスキー。君の問いがぼくの心を震わせた」
三人はぼくの小さな部屋を“歴史の劇場”に変えていく。
レーニン:「なぜ革命が必要だったのか?」
「ぼくよ、1917年ロシアには“皇帝”がいてな、国民は寒さと飢えに耐えていた。
労働者は12時間以上働いてもパンも手に入らず、戦争(第一次世界大戦)に若者がどんどん送られていった。
“帝政”は崩れかけていた。
私は叫んだ。“すべての権力をソビエト(労働者評議会)へ!”と。」
革命はね、ぼく。
「もうこれ以上、我慢できない」と誰かが言ったときから始まるんだ。
アーレント:「自由はどうすれば続くのか?」
「でもね、レーニン。あなたの革命は自由を生んだかしら?
確かに皇帝(ツァーリ)は倒された。
でもそのあと、反対意見を言った人は牢屋に入れられたわ。
ぼく、人が自由になるのは“革命”そのものじゃないの。
大事なのは“そのあと”、どんなルールをつくるかよ。」
真の革命とは、制度を作る創造なのよ。
壊すだけでは、自由はすぐ消える。
ドストエフスキー:「人間は何を求めて革命を起こすのか?」
「ぼく、私の小説『悪霊』を知っているかい?
そこには、革命を夢見る若者たちが出てくる。
でも彼らの心の奥には“怒り”と“空虚”があった。
人は“正義”と口にしながら、いつの間にか“破壊”を望んでしまうことがある。
ロシア革命は希望であり、同時に深い人間の影でもあった。」
革命とはパンのためだけではない。
人は「生きている」と叫びたくて、世界をひっくり返すのだ。
部屋の空気が少し変わった。
ハンナ・アーレントがゆっくりと立ち上がる。
声の調子はやさしいけれど、その目は遠くの雷のように光っていた。
「ぼく、あなたは“ロシア革命はすごいのか、悲しいのか”と聞いたわね。
でも本当に問うべきは“なぜそれは失敗したのか”なの」
ぼくは思わず聞き返す。
「失敗……?」
アーレントは静かに頷いた。
「ロシア革命は最初は“自由”を求めるものでした。
帝政が崩れ、民衆が立ち上がり、議会が生まれ、人々は話し合おうとした。
けれど、その自由はあっという間に消え去る。
なぜなら“暴力が唯一の手段”になったからよ。」
レーニンが少し表情をゆがめる。
だが彼は何も言わず、聞き入っていた。
アーレントは続けた。
「人はパンがなくても、時に自由のために立ち上がる。
でも革命が“支配の形”を変えただけなら、
それは解放ではなく“再びの隷属”よ。
ぼく、覚えていて。
革命の本質は、“破壊”ではなく“創造”なの。
壊したあとに“どう生きるか”を考えることこそが、革命の本当の意味なの」
ぼくのノートに書いた文字がにじんで見えた。
「でも……」
ぼくはつぶやく。
「もし自由を求めた人たちが、結果として誰かを苦しめたとしたら……
それって本当に意味があったのかな?」
ドストエフスキーが重く口を開く。
「意味はすぐにはわからない。
でも、問い続ける限り君の“叫び”は誰かに届く。」
レーニンが静かに、しかし力強くぼくの方へ向き直る。
彼の帽子が落ち、ぼくと同じ子どものような目をしていた。
「ぼくよ。
君はまだ子どもだ。
だが、世界を“問いなおす力”をすでに持っている。
それは大人よりも強い革命の力だ。」
「ロシア革命が正しかったかどうか。
それを決めるのは、未来の人間たち――
つまり、“君たち”なんだ。」
「どうか忘れるな。
歴史は、“知ること”で始まり、
“問いつづけること”で生きていく。」
レーニンがぼくのノートをそっと閉じた。
「君の問いは革命のように小さく始まる。
でも、君が歩く一歩一歩が世界を変える可能性を秘めているんだ。」
ぼくは目が覚めて、
ノートの最後のページにこう書いた。
「壊すより、つくりたい。
叫ぶより、話したい。
それを決めるのはぼくだ」
三人の賢者が帰ったあとも、部屋の片隅に残っていた“問い”の余韻は、
ぼくの世界をほんの少しだけ大きくしてくれた気がした。
ちなみに、ロシア革命とは、、、
あるところに「ロシア」という大きな国がありました。
とっても寒くて、とっても広いその国では、「ツァーリ」と呼ばれる王さまが国のすべてをひとりで決めていました。
この王さまニコライ2世という人は、たくさんのお城や金の馬車を持っていました。
でもそのころ、ロシアの人たちのほとんどはとても貧しくて毎日お腹をすかせながら一生けんめい働いていたんです。
1900年ごろのロシアでは、働く人たちが朝から晩まで働いてもパンすら買えない生活。
しかも国は戦争(第一次世界大戦)に参加し、若者たちは次々と前線へ送られ家族は悲しみにくれていた。
そんな中で、人々の中からこういう声が出てきました。
「王さまがいるかぎり、私たちはずっと苦しいままだ!」
そして1917年の3月、ロシアの人たちはついに立ち上がります。
デモやストライキが広がり、兵士たちまでもが市民側につきました。
その結果ニコライ2世は王さまの座を追い出されてしまったのです。
王さまがいなくなったあと「これからのロシアをどうするか」を話し合う政府が作られました。
でも――この政府は「今までと何がちがうの?」というくらい、あまり変化を生み出せません。
そこで登場したのが、レーニンという男の人。
彼はこう言いました。
「今度こそ、働く人のための国をつくろう!」
「すべての権力を、ソビエト(労働者の会議)へ!」
その年の11月、レーニンたちは武器を持って政府を倒しロシア革命が本当に始まったのです。
レーニンの仲間たちは「ボリシェヴィキ」と呼ばれました。
彼らは新しい国をつくり「ソビエト社会主義共和国連邦」、通称「ソ連」が生まれます。
この国では、
工場や土地は、もうお金持ちだけのものではなく、みんなのものにする
王さまもいない
学校も病院も、すべてみんなが使えるようにする
という考えが広がっていきました。
でもその一方で、
反対する人は捕まえられたり、処刑されたりした
自由に話すことができない時代がはじまった
という悲しい現実もあったんです。
じゃあ、ロシア革命って「よかった?」
それは、すぐには答えられない難しい問いなんです。
たしかに「王さまだけがえらい時代」は終わった。
でも「自由で平等な社会」がすぐに来たかというと、そうじゃなかった。
レーニンたちは“正義のため”に行動したつもりだったけれど、
その中には“力”や“こわさ”が混ざっていたんだ。
ロシア革命は、
「わたしたちは、もっとよく生きたい!」という人たちの大きな叫びでした。
それはこわいことでもあり、希望の光でもある。
でもね革命って、
ただ「こわす」ことじゃないんだ。
「どうつくるか」を考えることこそ、本当の革命なんだ。
だから「ロシア革命を知りたい」って思ったぼくは、
もう、歴史の入り口に立ってるんだよ。
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