三賢者と「ぼくは、」_パンもなく、ケーキだと?_怒りの憑依編
給食のパンがなかった。
いつものコンビニにも棚が空っぽだった。
先生は言った。
「パンがないなら、ケーキを食べれば?」
爆ぜた。
ぼくの中に知らない怒りが湧き上がった。
それは寒さにふるえる石畳の上、
空腹で歯をむき、声をあげた少年。
世界が軋むような音とともに、
暗闇から三人の影が現れる。
革命の種を撒いた哲人――ジャン=ジャック・ルソー。
美と誤解に生きた王妃――マリー・アントワネット。
言葉の真意を抉り出す批評者――ジョージ・オーウェル。
ぼく(憑依された声で)
「おまえたちは飢えたことがあるか?
冬のパリで母がパンのかけらを分け合ったことがあるか?
ケーキ? ふざけるな!朽ちろ!」
ルソー(眼を細め、静かに)
「わかる。君の怒りには正しさがある。
社会が“自然な連帯”を忘れたとき、
そこに革命の火が灯るのだ」
マリー(悲しみをたたえて)
「……わたくしの名は“象徴”として使われた。
本当に“ケーキを食べなさい”と言ったかどうかさえ
もはや問題ではないのかもしれない。
けれど―君の怒りは私の無知の上に立っているのだと、
それは…認めざるを得ない」
オーウェル(冷静に語りながら)
「怒りはやがて言葉を持つ。
“飢え”が“反乱”になり、“反乱”が“正義”と名を変える。
だが気をつけろ。
言葉を握る者が歴史を塗り替える。
君が“ケーキ”という言葉に拳を振るうとき、
その意味は誰のものだ?」
ぼくの拳は震えていた。
そして怒りはあたたい。
でも、こわくもある。
「ぼくは……何に怒ってるんだ?」 ケーキに? 先生に? それとも、
「声をもたないぼく自身」にか?
次の日、ぼくは紙を一枚持って行く。
そこにはこう書いた。
『ぼくには、パンがない。
しかしケーキじゃなく、聞いてほしい』
先生は読んで、少し黙ってから言った。
「うん、聞くよ」 ぼくはまだ怒っている。
でも今、その怒りは―言葉を持った怒りだ。
オーウェル(ノートに書きつけながら)
「一人の少年が“言葉に変えた怒り”は、
かつての革命よりも静かに、深く、世界を揺らす」
「パンはない。ケーキもない。
けれど、その間にある“飢え”と“問い”―
それこそが人を動かす」
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