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黒い胆汁 #8 茂木澄人(前編)

2025年9月29日(月)

 俺は母親の胎内にいる。
 体を丸めている。
 まるで猫が寝ているときのように。
 腰にコツコツと当たるものがある。
 その感触が徐々に大きくなってきて、ついには大きな鉄製の巨大ハンマーで腰をぶっ叩かれるような激痛になってきた。
「あー!腰いてえ!」

 自分の声に驚いて起きた。
 さっきの夢の中ほどではないが、腰が重い。
 一昨日の高速バスが効いているのだろうか。あれから二日。この歳なら二日前の影響で筋肉痛になっているのは腑に落ちる。
 あと、あれか。2か月前に腰にぶっとい注射針を刺されたことも影響してるのか。
 歳を取ると自分の体が発している信号を、いちいち解読する癖がついてしまう。
 いちいち納得させないと、自分の体の老化に理解が追い付かないのだ。

 ベッドの中でストレッチをした。
 腰を中心にした内容で5分くらいいろんな体勢を試してみる。
 ようやく痛みの不安がなくなったところでシャワーを浴び、昨日栃木から帰る途中で買った半額の弁当を食べることにした。
 まいばすけっとはマジで俺の救世主だ。
 昨夜買ったのは「タンドリーチキンとジャンバラヤ」。
 半額で¥199(税抜き)という驚きの価格だ。
 俺はこのスーパーに命の半分はつないでもらっていると、なかば本気で思っている。
 インスタントコーヒーでジャンバラヤを流し込みながら、今日のミーティングについて考えてみた。
 5人が勢ぞろいしたところで、まずは全員の意思を再確認すること。
 ここで誰かが手のひら返しをしたら修羅場になる。
 確認がとれたら連絡をすること、と千川ちひろは言っていた。
 美城の上層部は何を考えているのか。こういう秘密主義は苦手だ。
 あとは、なるようになるだろう。
 俺の仕事もそこまでだと思うと、少しだけ、ほんの少しだけだが、寂しさを感じた。

 今日は東京メトロ銀座線で一本だから気が楽だ。
 タクシーを使うことも考えたが、軍資金が心もとない。かといってわずかばかりの運賃をケチってJRを使い、重い腰をかかえて新橋から長距離を歩く気にもなれなかった。
 虎ノ門までのルートを頭に思い描き、集合場所のスタバに10分前には着くように逆算して自宅を出た。

 月曜の昼は渋谷も人が多い。
 ちょうどランチタイムなのだろう、会社員と思われる姿の人々がうじゃうじゃ歩いている。
 社員食堂で日替わりの安い定食を食べられる自分は、意外と幸せ者なのかもしれない。

 電車の遅延もなく、メトロは虎ノ門駅に12:45に到着した。
 改札を出てスタバを探しながらウロウロしていると、見覚えのあるシルエットの少女の背中が見えた。
 声をかけて別人だったら警察を呼ばれてしまうかもしれない。
 ここはステイだ。
 その少女が振り返った。予想は当たっていた。
「あ、土橋さーん!!!」
 手を振りながら大声で叫んでいるのは、ひーちゃんだ。走って近づいてくる。
 オフィス街の駅に響く黄色い声に立ち止まる通行中のサラリーマンが数人。みんなひーちゃんを見ている。この街では異色の存在かもしれない。
 ひーちゃんは俺の正面で足を止めた。
「可愛い子が大声出してると、この駅じゃ目立つみたいだぜ」
 ひーちゃんはあたりをキョロキョロ見回して、それから顔を赤くした。
「TPOだいじ。心に刻みます!」
「てか、久しぶりだね」
「え、まだ4日前ですよ?」
「こっちはいろいろあったんだよ」
「あ、そうですよね。みんなを説得してくれたんですもんね」
 そういえばこの子がいちばん簡単に説得できたのだ。
 4日前が、はるか遠い昔のことのように思える。
「まあいいよ。さ、待ち合わせ場所に行こうぜ」

 だいたいの予想通り、虎ノ門のスタバには集合10分前の12:50に到着した。
「誰が来てますかね?」
「集合時間に忠実なメンバーは誰?」
「えっと、カンナとジンジンはちゃんと時間前には来てますね。ルーズなのはココロかな」
「そっか。俺たち二人で入ったら誤解されるかな?」
「んなわけないでしょ!」背中をどやされた。
 入口を見つける前に、店内にいるメンバーを発見した。
「ウソ⁉ 全員揃ってるじゃん!」
 店内奥の大きなテーブルが置いてある一角にクロタンのメンバー4人が揃っていた。
「マジで?」
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
「いや、カンナの隣に……」
 言いながら店に入る。
「一緒になったご縁ってことで、飲み物おごるよ」
「ラッキー! 飲みたかった限定あるから、それでもいいですか?」
「いいよ」言いながら財布の中身が心配になってしまった俺は社会人失格だろうか。
 ひーちゃんが頼んだのは、白いクリームの上に熊の形のチョコレートが載っている飲み物だ。
 俺にはいまひとつ理解できないが、先日ハイハイと行ったスタバで飲んだほうじ茶ラテが意外なほどに美味しかったので、熊が乗ったドリンクもそれなりに美味しいのだろう。
 ひーちゃんを先に歩かせた。
「わー、みんな元気ー?」「久しぶり」「痩せた?」「ひーちゃんだ!」「逆に太った?」みんな言いたいことを言っている。
 しり込みしながら俺も近づいていった。
「昨日はお世話さまでした」ココロが立ち上がって俺に頭を下げた。
「っていうかさ、どうしちゃったの?」
「え、何が?」ひーちゃんの問いに、座りながらココロが応じた。
「だってさ、前はココロがカンナの隣に座るなんてあり得なかったじゃん!」
 相当驚いているのだろう。ひーちゃんはずっと目を見開いてカンナとココロを交互に見ている。
「あ、それね……」
 ココロが言いにくそうにしているので、察しがいいところを見せようと俺が助け舟を出した。
「昨日のアレ、ちゃんと話したのか」
「うん」
 頷きながらココロはカンナを見た。
 カンナは照れくさそうに笑顔をかみ殺している。
「え、なになに? ひーちゃんだけ置いてけぼり?」
 カンナが口を開いた。
「あとでちゃんと説明するから。とりあえず圧倒的な和解をした、とだけ言っておく」
「え、なに、マジで? ちょっとグループ内に推しカプ爆誕しちゃったってこと???」
 ひーちゃんは謎理論で急にハイテンションになった。

 久しぶりに再会の喜びと、カンナ×ココロが和解したことの驚きをメンバー全員でひとしきり話題にしたあと、少しテンションが落ち着いたところで俺は全員に向かって声をかけた。
「ここに集まってもらったのは、最終確認のためだ」
 全員が急に黙り込んで固唾を飲むのがわかった。
「『黒い胆汁』の再結成に賛成の人は挙手して」
 ドキドキしながら言ったけれど、すんなり全員の手が挙がった。
「じゃ次。明日切れる契約について、契約を更新して、明後日10/1からの2年間の活動をしたい人、挙手」
 こちらも全員の手が挙がった。
「ありがとう、なんか俺、感動してる。俺の任されてる仕事って、たぶんここまでなんだよな。みんな、短い間だったけど、ありがとうな」
 言いながら少し涙ぐんでしまった。歳は取りたくない。
「あのさ……」
 カンナが申し訳なさそうに口をひらいた。
「いまひとつ納得できないことがあって。ボクだけかもしれないけど」
 感動に水を差された俺は、気持ちをリセットしてカンナに向き合った。
「なんだろ」
「今この段階で茂木さんの安否、っていうか、何してるのか分かってないじゃん。再結成と契約更新はいいとしてもさ、これから何をどうやって活動したらいいのか、ってこと」
「それそれ! 活動休止のときにカンナがポストしてくれてたけどさ、クロタンってプロデューサーのワンオペでやってたから」
 ハイハイの言葉にひーちゃんが乗ってくる。
「そうだよ、衣装はともかく、音源は全部プロデューサーが持ってるわけだし、ライブのアポ取りだってやってくれてたし、第一金銭面はどうなんのよ」
 すかさずジンジンが応答する。
「ギャラが発生しないなら私やりませんよ」
「出たジンジンの『金の切れ目は縁の切れ目』!」
「ひーちゃん言いすぎ!」
「これは肯定的な意見ですー! カンナは黙っててください」
 言われてみれば、再結成と契約更新が済んだあとの話は聞かされていない。
「そういえば、みんなから同意取ったら連絡するように言われてたの忘れてた」
「それを早く言ってよ、美城さんにも何か考えがあるんじゃないの?」
 ココロが冷静に突っ込みを入れてきた。
 それはそうだ。
 そもそもこの案件は美城から出たものだ。
 あの巨大なプロダクションが、何の考えもなしに物事を進めたりはしないだろう。

 俺を含めた全員が遠い目で何かを考えはじめたとき、俺のスマホが着信を告げた。
 表示されている名前は、千川ちひろ。
 場に緊張が走った。
 着信ボタンを押し、スピーカーモードにしてスマホを全員の中心に置いた。
「もしもし、土橋さんですか? 千川です」
「お疲れさまです」
「同意は取れましたでしょうか」
「はい。全員ここに揃ってる状態で最終確認をしました」
「わかりました。お疲れさまでした」
「あのちひろさん」
「次の任務は別の場所です。そこに全員を連れてきてください。今後のお話があります。明日、9月30日15時に、虎ノ門病院2号棟の2階にあるデイルームに集合してください。それでは」
 理解が追い付かないまま電話は切られた。

 さっきとは比べ物にならない沈黙が場を覆った。
 店内の喧騒も耳を素通りして、ありもしない沈黙が俺たちの周囲に漂っている。
 口火を切ったのはココロだった。
「病院ってことはさ、プロデューサーは生きてる……んだよね?」
「入院してたってこと? だったらなんで今さらなんだよ」
 不貞腐れたようにカンナが追従する。
 病院と聞いて、腰がうずいた。
「とりあえずさ、行ってみれば分かることでしょ? あんまり考えすぎないほうがいいんじゃない」ひーちゃんが明るい声で場を和ませてくれた。
 それはそうだけれど、何だ、集合させておいて明日また集まれってか。
「ごめんな、せっかく集まってもらったのに、明日また集合ってことになっちまうけど」
「最初からその話だったでしょ、今日までに同意を取って明日集まるって。ジンジンは今日これから不動産屋に行くって言ってたし」
「あ、あの物件マジで決めるつもり?」
 渋谷の事故物件。俺が一歩も立ち入ることができなかった部屋。
「はい、わたしそういうの強いんで」
「ジンジンは大きな存在に守られてる気がするから、たぶん大丈夫だよ」
 ハイハイが意味不明な怖いことを言い出した。しかも変顔をしている。
「でも、なんで午後かね。午前中でもいいじゃんね。ドルオタは忙しいんですけど!」
「午前中は診察があるから、だいたい午後だよねそういう話は」
「ふーん。渋谷の対バンに行きたかったのに……」
「こら。自分の将来がかかってる話なんだからこっち優先しなさい」
「はーい。ココロ先生には逆らいません!」
 全員が集まっている今この時間を、俺は無駄にしたくなかった。
「せっかくだからさ、ここ数日で俺が感じた疑問をみんなに質問してもいいかい?」
「なに、疑問って?」カンナが答えた。
「君たちのグループにはいろんな疑問があるんだよ。何というか言葉にしづらいけど」
「思いつくままに言ってみてくださいよ、わたしメモしていきますから」
 言うなりジンジンがノートとペンを取り出した。
「ヨッ、さすが理論派!」とハイハイが茶化す。
「そうだな……まずはグループ名から」
「なんか廚二病っぽくていいですよね、グループ名だけでご飯何杯でもいけちゃう感じ」
「ま、ひーちゃんは置いといてもさ、誤変換から生まれたグループ名って聞いてるし、それで周りにも説明してるけど」カンナが説明する。まわりのメンバーはおのおの頷いている。これが共通認識なのだろう。
「俺も最初、電話でこのグループ名を聞いたとき『短銃』と勘違いしたんだ」
「まあ分かりにくいよね、アイドルグループ名として。ガンの方の短銃だったらなんとなくロックアイドルにはありそうだけど、胆嚢の汁じゃ意味わかんない」ココロが解説する。
「でも地下アイドルは戦国時代、グループ名だけでも悪目立ちすることも大切なんじゃよ」
「おお、ひーちゃんのドルオタ解説わかりみだわ」ハイハイが冷やかす。
 素直な感想が俺の口をついた。
「これが何の問題なのかって、別に何の問題もないんだけどね」
「でもまあ明日までの時間つぶしになれば、それでいいんじゃないですかね」ジンジンが冷静な意見を述べる。
「そうだよね。ボクもほかのメンバーに聞きたいことあるし」
「そっか、カンナは唯一のスカウトメンバーだから知らないこともあるか」
 思い出した。5人は全員がオーディションを経験しているわけではない。カンナだけがスカウトなのだ。
「ありがとなココロ、それで思い出したよ。オーディションの時の話。このまえジンジンに聞いたんだ」
「え、ボクはオーディションのことぜんぜん知らないや」
「だってカンナ、前は私たちと雑談とかほとんどしなかったじゃん。特に私とは」ココロが口を尖らせている。これは対立ではなく甘えだとわかった。
「ものすごい反省してる。でも和解したじゃん」
「でもさ、パフォーマンスを上げてく話はめっちゃしたよね。ドルオタの視点でもカンナは輝いてたよ」
「ひーちゃんにそう言われると悪い気はしないけどね」
「オーディションの応募要項の件ですか?」
 ジンジンが冷静に話を戻した。
「そうそう。『年齢・容姿・経験不問』ここまでは、まあ分からないでもないんだ。そこに『健康であること』が追加されていることで、一気に意味が分からなくなる。さらに、ジンジンに聞いたところでは、応募150人に対して、書類で大半の140人くらいが落とされてる。こうなるともうお手上げだよ」
 この応募要項を見て、健康面に不安がある人間が応募するだろうか。
「プロフィールだけで落とされた、ってことになりますよね」
「おお、ミステリ好きのジンジンが本領を発揮するときが来たか」
「ちょっと黙っててください犬神先生」
「はい、黙ります。……あ、思い出した! 犬神って芸名はジンジンが考えてくれたんだよね」
「いま関係ないでしょ?」
「あるかもしんないじゃん! 犬神琉那(るな)にしようと思ったらプロデューサーに却下されたんだよね」
「そういえばそうだった。芸名とあだ名はぜんぶプロデューサーが決めたんだよね」
「犬神だけは通ったけど……いや危なかった。ジンジンには感謝してるんだ、カッコいい名前付けてくれて」
「るなは落選しちゃったけどね」
「るながダメで、ひながオッケーって、どういうことなんだろ?」
 まったくわからない。
「とにかく、合格した人には、プロフィールを見ればわかる共通点があるってことですよね」
 ジンジンが再び探偵モードに復帰した。
「土橋さん、何か私たちの資料を持ってないですか?」
「あ、持ってるよ、きみたちのプロフィール」
 言いながらカバンから5人分の書類を出してテーブルに置いた。
 その瞬間、腰に一撃が来た。
「あ!」息が詰まった。
「まったくおじいちゃんはこれだから……いいでしょう、ひーちゃんがおまじないの護符を書いてあげます。土橋さん、名刺ちょうだい」
「しょうがないな、悪用すんなよ」
「この前もらった名刺はもう悪用しちゃったよ」
「おいマジかよ!何したんだ」
「ウソウソ、ほらペンも貸して……えっとね、こうやってこうやって」
 言いながらひーちゃんは名刺の裏に、護符にありそうな装飾を書いていった。
「んで、真ん中に文字を書くからね……えっと、ようつう……「こし」ってどんな字だっけ? 右側はコレだよね」
 言いながら「要」を書く。
「右側は……」
「月だよ、部首としては『にくづき』」ココロがひーちゃんに教える。
「あはは、ここで学がないことがバレてしまった」
 この瞬間、何かの電波を俺の脳がキャッチした。
 何だろうこの感覚は。
 周囲の音が消えていった。
 視界が狭くなって、ひーちゃんが書いてくれている護符にだけ焦点が合っている。
 時間が止まった気がした。


「……さん、土橋さん! おいドМ!」
「ハッ!」
 見えた!
 この5人に共通するものが。
「ったく、アンタまで病院送りじゃやってらんないって」
「わかった!」
「あ、やっと戻ってきた。あやうくAED持ってくるところだったわ」
「じゃなくて、君たちに共通するものがわかったんだ」
「ウソだろ? なんなんだ、それ」
「ちょっとこれ見てくれよ」
 俺はさっき取り出してテーブルに置いた5人のプロフィールを指さした。

あだ名    本名       芸名

カンナ  (中村 朧   : カンナ【kanna】)
ココロ  (大豆生田 望 : 朝倉 心)
ひーちゃん(一柳 梢   : 犬神 ひな)
ハイハイ (白川 郁   : 拝島 香澄)
ジンジン (黒澤 朋   : 黒澤 仁美)

「いいか、ジンジンから聞いた話だけど、オーディションが終わって合格メンバーが決まったとき、茂木さんはこう言ったんだよな。『これでツキが揃った』って」
「そうです。私の記憶が確かなら」
「そんなこと言ってたな」「ひーちゃんも覚えてる」「うわ今思い出した、言ってた言ってた」カンナ以外のメンバーも覚えていた。
「俺はラッキーの意味のツキだと思ってたんだけど、よく見てくれ。みんなの本名」
「あ!」ジンジンが大声を出した。
「ちょっと静かに」ココロが注意する。
「ごめん。ねえ、みんなの本名、名前の部分に注意して。全員『月』の文字が入ってるよね」
 カンナが驚きに目を見開きながら、書類の名前を指さしで確認している。
「朧、望、梢、郁、朋……あ、あ、確かに! でもさ」
 発見に恍惚としていた俺は、神になったような気分で答えた。
「でも、何だい?」
「それが……何なの?」
 何なの? うーん、何なんだろう?
 ジンジンが俺の妄想を補足してくれる。
「ここから推察されることといえば、かなりの高確率で『月』が入った名前の私たちが選ばれたと言ってもいいかもしれません」
「さっきの、あだ名までプロデューサーが決めてた話、これに関係してるんじゃないかって思うんだけど」ひーちゃんが目を輝かせている。
「ちょっと関連付けてみましょうか」ジンジンは腕まくりをし始めた。
「『月』に関連すること。病気らしいプロデューサー、あとは……」
 ココロが急に手を挙げた。
「はい! 私も気になってたこと言っていい? 土橋さん、新曲のジャケットと歌詞持ってる?」
「ああ、あるよ」
 言いながらカバンから取り出しテーブルに置いた。

「ジャケットの背景にあるモチーフ、ずっと気になってたんだけど、これ人間の臓器だよね」
 発言者のココロ以外、全員ポカンとしている。
「いい? わかりやすいところからいくね。中央、これはどう見ても心臓だよね。左下は左右の腎臓。右下は胃袋にも見えるけど、肝臓。ここからはちょっとこじつけっぽくなるけど、右上の羽みたいなのが左右の肺、で左上が脾臓」
「え、え? ちょっと待って、ボクには理解が追い付かない」カンナは目が点になっている。
「つづけて一気に言わせてもらっていい? 次は歌詞に注目してほしいの。サビの英語のところ」

紅蓮の炎

Tear my spleen,
let the kidneys’ river flow,
still I blaze in crimson fire.

Break my lungs,
a trembling heart won’t lie,
still I blaze in crimson fire.

From my liver,
the final flame is born,
I blaze forever—crimson fire.

詞曲:茂木澄人

英語詩のみ抜粋

「みんな、このサビ歌いにくいと思わなかった?」
「めっちゃわかる。なんかいまひとつ乗り切れないんだよね」
「でしょ? サビの歌い出しが多いカンナは分かってたか」
「わたしはサビのところでどんな変顔するかってことに力を入れてました」
「おい、そんなこと考えてたのかよ」
「カンナごめん、この曲わたし歌唱パート少ないからさ」
 話が脱線しそうになったところでココロが戻した。
「でね、歌詞を良く見て。登場順にいくと、脾臓(Spleen)腎臓(Kidneys)肺(Lungs)心臓(Heart)肝臓(Liver)」
「だからか。同じ曲の中でLiverとRiverが混在してるの、ボクは誤字だと思って茂木さんに言ったら、それでいいんだって返されたんだよね」
「あ!!!」
 ジンジンが先ほどよりも大きな声を出した。
 一瞬店内が静かになったほどだ。
「これ、みんなのあだ名に対応するじゃないですか!」
「え、どういうこと???」
 ひーちゃんはほぼ白目になった状態で思考停止してしまったようだ。
「カンナは肝臓、わたしジンジンは腎臓、ハイハイは肺、ココロは心臓、で、無理やり名前を変えられちゃったひーちゃんは脾臓。最初はルナって付けようとしたんだもんね」
 圧巻の推理だった。
 黒い胆汁に秘められた謎が、ここで一枚ずつヴェールを脱いでいくような感覚だ。

 だが、興奮が渦巻くテーブル席の中で、一人だけ違う感覚を持つ人物がいた。
 ゆっくり頭を振りながら正気に戻ったらしいひーちゃんが、魔女の一撃を振り下ろしたのだ。

「でも、だから何? どこに謎があるの?」

 ひーちゃんのひと言で、黒い胆汁に関する謎は一層深まった。
 グループ名、あだ名、臓器、そして「紅蓮の炎」の歌詞。
 すべてがひとつの円環を描いている。
 ただ、その意味だけが誰にもわからない。

 明日。
 病院で何かが変わるのだろうか。
 何かが明かされるのだろうか。

 再結成期限当日(クリア)
 軍資金、残り¥2,328

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