正月の思い出
昨日90歳近い小説を書く叔父の家に行ったからか、たびたび子供の頃の記憶が蘇る。
昭和の高度成長時代が私の子供時代だった。誰もがこれから日本が、もっともっといい時代になると信じていた時だ。
お正月には、父の実家に2泊ほどするのが恒例でそれが楽しみで仕方がなかった。
クリスマスが終わると、次の楽しみであるお正月を、指折り数えて待っていた。
母が作ってくれた新しい洋服
親戚の叔父叔母達からのお年玉
久しぶりに会う従兄弟たちと遊ぶこと
次から次へと出される伯母が作ってくれた料理たち
お年玉を握って、近くの駄菓子屋でお菓子やくじを引くこと
1月2日の夜に開かれる、市場の「初買い」に連れて行ってもらえること
年末はこれら全てを、ワクワクしながら待っていて、時には興奮してなかなか寝付けなかったのを覚えている。
それほどお正月は、特別な出来事だった。
今思えばあのお正月を過ごすことができたのは、親戚付き合いがうまく行っていて、その中心に祖父母たちがいて、父方の6人のきょうだいがいて、その伴侶と子供たちがいたからだ。
全員が集合すると、総勢30人近くになる。
やがて私たち、子供世代が結婚して子供ができるとその家族もまた、このお正月とお盆の恒例行事へと参加していたので、さらにその人数は増えていた。
それでも楽しいお正月を毎年過ごさせてもらった。
やがて大人になり、家庭を持ち、子供を持つ身となって思うのは、あれだけの人数が食べられるだけの料理を作り、片付けまでやっていた伯母への感謝だ。
さすがに少し大人になると、片付けは手伝っていたが、それでも買い出しから料理までを一手に引き受け、ほとんどを伯母がひとりでやっていたのではないか、と思うのだ。
すでに伯母は亡くなり、改めてお礼をいうことはできないが、その息子である従兄弟に会うと、いつも「おばちゃんには本当にお世話になった。楽しいお正月が過ごせたのも、おばちゃんのおかげだから」とお礼を言う。
この正月行事は、96歳で祖母が亡くなるまで続いた。
そして、多くの親戚たちが集まったあの家も、今はもうない。先日懐かしくて訪れてみたが、今は駐車場となっていて、どこにもその面影はない。だが、家があった場所に立つと、今でもあの二階建ての家が、そしてそこにいる子供の頃の私と従兄弟たちが駆け出してきて、数十メートル先の駄菓子屋まで走っていく姿が見えるようだった。
もう50年近くも前のことなのに、いつでもあの頃に戻れるような気がしてしまうのは、すごく楽しかったからこそ、強烈な思い出となっていて、それが体内の時空を歪ませるのだろう。
その歪んだ時空の中の思い出には、昨日会った若き日の叔父がいて、今でも尚その変わらぬ芸術への想いを持ち続け、やがてやってくる最期のその日まで命を燃やし続けている様子を見ることができるのは、本当にありがたい。
今はもう再現できないあの大好きだったお正月の思い出は、今でも一瞬で取り出すことができるほど鮮明だ。
あのお正月を数十年にわたって過ごさせてくれた全ての親戚たちに、そしてそんな正月を与えてくれた両親に深い感謝の念でいっぱいになる。
家も人もやがてこの世から消えていくが、家や人への思いと思い出は残り続ける。そして今もなお、お正月が近づくと、じんわりと心の奥が温かくなるあのお正月を思い出している。
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