「もう○○と同じ歳になったんだ…」というエモ
時は無邪気に過ぎる。
年の瀬の先日、僕は33歳になった。
「もう工藤新一(17)と同じ歳になっちゃった」
「もうサザエさん(24)と同じ歳になっちゃった」
そんな声はたびたび聞かれる。
昔はお兄さんお姉さんだと思っていたものに、
あろうことか自分の年齢が追いつくというのは何とも複雑な気持ちになる。
追いつくといつも思う。
「思ったより大人じゃない」ということ。
哀愁のような、嬉しいようなエモい気持ちだ。
そんな事を思ったのも、↓の記事を見てインスパイアされてしまったからだ。
(僕はオモコロ(ネタテキストのまとめ的なサイト)が好きだ。)
コピペ有識者なら目にした事があるだろう。
下記のコピペの筆者も33歳だ。
俺の地元に「ポプラ」というコンビニがある。
先日、父親の運転で親戚の家に行ったんだが、帰り道に「ポプラ」へ寄ることとなった。
で、俺が何気なく「チ○ポプラ」って口走ったら、運転中にも関わらず父親が俺を殴り始めた。
それだけでなく「33歳にもなって、そんなことしか喋れないのか!」とか意味不明なことを言い出して
終いには涙をボロボロ流し始めた。
何が父親に起こったかわからないが、とにかく不気味な何かを感じたな。
この哀愁と悲哀をギュッと数行に閉じ込めたコピペ。
筆者と父親、
どちらも皆まで描写しなくとも分かる悲壮感を感じる。
何とも言えない仕上がりのコピペだ。
(ちなみに大学時代に中国地方に暮らしていた僕にとっては、ポプラのネタは堪える。)
僕は高校生くらいのときにこのコピペを見た。
「親心を察せない実家おじさんやべぇ〜」
「こんな大人だけはなりたくねぇ〜」
そんな事を思っていた。
今、曲がりなりにも家庭があり人生楽しむ身ではあるが、どんな33歳になれているだろうか。
個人的には、
体が元気で、
親に心配をかけずに、
好きと思えることに向かっていて、
社会貢献に繋がっていればいいかなと思う所存ではある。
年末年始、いろいろな過ごし方があるだろう。
たまには実家に帰って、親とコミュニケーションを取りながらこれからの事を考えるのもいいと思う。
親の過去や後世のこと、
今しか聞けないことはたくさんある。
いつかは、今の親の歳になる。
そんなとき何を思うのだろうか。
歳をとるのにも楽しみがある。
来年はどんな歳にしようかと思いつつ、物思いにふけるのであった。
今年もありがとうございました。
つづく。
