【童話】わたしとワタシ
「先生さようなら。みなさんさようなら」
「さようなら」
(あ〜やっと家に帰れる)
わたしは、ため息をついてランドセルをかついだ。
「はなちゃん、明日のテストがんばろうね」
「うん、がんばるんるん♪」
山下りりさんと前田はなさんが教室のドアの前で話している。
二人の姿をちらっと見ると、目が合った。
わたしは気づかないふりをして、ポニーテールをさわりながら、早歩きで教室を出た。
去年仲の良かったちーこやタマちゃんとはクラスがバラバラになってしまった。新しいクラスは知らない子ばかりで、5月になっても気まずくて、休み時間はいつも一人になってしまう。
(話しかけるチャンスだったのに)
わたしは、またひとつため息をついた。
「ただいま」
リビングにはひいばあちゃんとばあちゃんが座っていた。
「おかえり。ともちゃん、学校楽しかった?」
ばあちゃんは立ち上がると、麦茶とクッキーを持ってきてくれた。
「うん、フツー」
わたしはクッキーをつかむと、にげるようにひいばあちゃんの横に座った。ひいばあちゃんは仏壇にお菓子を供えて、ご先祖様とぼそぼそとお話している。
ひいばあちゃんの丸い背中は、ますます丸くなった。
わたしは手に取ったクッキーもお供えして、写真の中のひいじいちゃんに手を合わせた。
(どうぞクッキーも食べてください。ねぇ、ひいじいちゃん。わたし教室で一人ぼっちでさびしいよ。どうか助けてください)
次の日、目覚めるとなんだか変な感じがした。
体は重いし、こしを伸ばしてもピンとなった気がしない。
(なんで、ひいばあちゃんの部屋で寝ているんだろう? それになんだか目の前がぼんやりする)
目をこすった。
(うん?)
手がカサカサしている。こしをたたきながらキッチンに行くと、
「おはよう、ひいばあちゃん。今日はおねぼうさんだね」
声をかけてきたのは、ご飯をよそっているワタシだった。
(わ、わ、わたし?)
わたしは、なにかが起こった予感がして、洗面所にゆっくり走った。鏡にうつっていたのは、パジャマ姿のひいばあちゃんだった。
(なんで?なんで?)
「おやおや、びっくりした顔して」
ワタシが後ろからやってきた。
「あなた、ひいばあちゃん? もしかしてわたしたち、入れかわっちゃったの?」
わたしはふり向き、ワタシを指差した。
「そうだよ、せいかい!」
ワタシはパンっと両手を合わせた。
「昨日、たかのりさんが夢に出てきてね、『ともちゃんを助けてやってくれ』って言われたの。『はい』って返事をして朝起きたら、わたしがともちゃんになっていたんだよ」
ニコニコ答えるワタシに、わたしはあっけにとられた。
「ともちゃん、なにかこまっていることがあるのかい?」
「う…ん、あるけど今はそれどころじゃないよ。時間もないし、テストもあるし。」
「あらあら、それは困ったわねぇ」
「どうしよう。テスト休んだら残って1人でやらなきゃいけないし‥‥。
ねぇ、ひいばあちゃん。今日はとりあえずわたしがひいばあちゃんのふりをするから、ひいばあちゃんは学校に行ってくれる?あとで、元に戻れる方法考えよう」
「そうしましょう。じゃあ、とりあえず朝ごはん食べないとね。ともちゃんは白い箱に入っている入れ歯をつけてね」
わたしは、おそるおそる入れ歯を口の中に入れた。
フガフガフガ。
わたしはこんなにドキドキしているのに、ワタシの方はなんだかうれしそうだ。ワタシは自分でかみの毛を三つあみに結って、
「行ってきま~す」
と、スキップをしながら学校へ行った。
わたしは大きなため息をついた。
でも、なやんでいてもしょうがない。今日はゆっくり過ごそう。
天気がいいので、手押し車でおさんぽに出かけることにした。いつもは十分で着く道が、三十分かかった。
ひいばあちゃんの時間は、ゆっくりゆっくり流れていた。
道ばたのたんぽぽがいつのまにか綿毛になっていた。
新しいケーキ屋さんがオープンすることに気づいた。
ソフトクリームみたいな雲を見つけた。
とぼとぼと下を向いて歩いていたときよりも、街の景色がしっかりと見える。
「こんにちは」
犬を散歩しているおねえさんが、あいさつしてくれた。
「今日は暑いくらいだね」
近所のおじさんが、シャツをうでまくりしながら声をかけてくれた。
「赤いはっぱを見つけたよ」
小さな男の子が、真っ赤なはっぱを見せてくれた。
「本当だ。とってもきれい!」
わたしも一緒に喜んだ。
いつもよりやさしい人間になれたような気がした。
おうちに帰ると、ばあちゃんがお昼ご飯の用意をして待っていてくれた。
「ほら、甘納豆もあるよ。ともちゃんやみゆきさんは甘納豆食べないから、二人でこっそり食べましょう」
歯が弱いひいばあちゃんでも食べられる、やわらかい甘納豆。とっても甘いけど、少し苦いお茶にぴったりだ。納豆が苦手だから食べたことなかったけど、甘納豆はおいしいかもしれない。
「おいしいね」
にっこりと笑うばあちゃんの顔を見たら、わたしもつられて笑ってしまった。
少し疲れたから横になった。目が覚めると、時計の針は三時をさしている。もうすぐ学校が終わる。さっきまで平気だったのに、むねのあたりがざわざわして急に不安になってきた。
「ただいまー」
ワタシが帰ってきた。わたしは、ひいばあちゃんの部屋にワタシを呼んだ。
いろいろ聞きたいことがあるのに、ワタシったら、
「りりちゃんとはなちゃんが公園で遊ぼうって言ってくれたの。ともちゃん、行ってきていいかい?」
と、聞いてきた。
「ちょっと待って。それより学校はどうだったの?テストはできた?みんなにばれなかった?」
「もちろん、バッチリだよ。体育も速く走れたし、音楽も大きな声で歌えたよ。先生にもほめてもらったんだから」
ワタシは言葉をつづけた。
「あぁ、幸せ。給食もおいしかったし、勉強も楽しかった。学校は本当にいいところだね」
いつもまねき猫みたいに座っているひいばあちゃんも、四年生のころはおしゃべりで、元気な女の子だったのかな。
「いいよ。公園行っておいで」
「わぁ、うれしい。ありがとう、ともちゃん」
ワタシはランドセルを玄関に置いて、おやつも食べずに行っちゃった。
夕方、二人でひいじいちゃんの写真に手を合わせた。わたしは、元に戻れるように必死でお願いした。ワタシは、静かにひいじいちゃんと見つめあっていた。
夢の中、ひいじいちゃんが会いに来てくれた。
「こんばんは、ともちゃん。今日はびっくりさせちゃったね。ともちゃんがゆっくり休めるよう神様にお願いしたんだよ。」
「やっぱり、ひいじいちゃんだったんだね」
「ともちゃんのためにと思ったけれど、ひいばあちゃんの方がうれしそうだったな。
ひいばあちゃんが子どものときに大きな戦争があってな。勉強も遊ぶこともじゅうぶんにできなかったんだ。ハハハ、今日はとっても楽しかったんだろうなぁ。
ともちゃん、ありがとう」
「ううん。わたしもひいばあちゃんになれてよかった。それにね、友だちの作りかたも思い出したの。わたし、学校ではきんちょうしていて、いつもこまった顔をしていたんだ。ひいばあちゃんは、たった一日で山下さんや前田さんと友だちになれた。きっとひいばあちゃんはニコニコ笑顔だったんだよ」
「うん、そうだな」
「わたしもひいばあちゃんみたいになれるかな?」
「きっと大丈夫さ。だってひいばあちゃんのひ孫なんだから」
ひいじいちゃんは、笑いながら消えていった。
朝、わたしはわたしに戻っていた。わたしはぐ〜っと思い切り背伸びをする。わたしは朝ご飯を食べて、ゆっくりお茶を飲んでいるひいばあちゃんの横に座った。
「ひいばあちゃん、髪の毛結んでくれる?」
「はいはい」
ヘアゴムをわたすと、しわしわの手で三つあみを結ってくれた。
「ともちゃん、きのうはありがとう。学校がんばるんるん♪だよ」
「うん、がんばるんるん♪だね。 えへへ」
わたしは深呼吸をひとつして、学校まで走った。教室には、りりちゃんとはなちゃんがいる。
「りりちゃん、はなちゃん、おはよう!」
「おはようともちゃん」
「おはよう。ともちゃん昨日は楽しかったね。今日も公園で遊ぼうよ」
「うん、あそぼう」
ひいじいちゃん。わたし、友だちできたよ。
おしまい
