藤枝静男『田紳有楽 空気頭』

『田紳有楽 空気頭』藤枝静男、講談社

あくまで私小説に徹し、自己の真実を徹底して表現し、事実の奥底にある非現実の世界にまで探索を深め、人間の内面・外界の全域を含み込む、新境地を拓いた、“私”の求道者・藤枝静男の「私小説」を超えた独自世界。芸術選奨『空気頭』、谷崎賞『田紳有楽』両受賞作を収録。

講談社、『田紳有楽・空気頭』説明文


「田紳有楽」、面白い。親しみある狂気と混沌。時々現れる擬音の可愛らしさ、というか全体的に可愛い方々の戯れが続いて、あのフィナーレ、ペイーッ。
金魚のC子のインパクトは強いけれど、私はサイケンパクの件が好き、あと地蔵さまが尊い、地蔵さまの冒険小説が読みたい。

「ははアーー何もかもインチキなのかも知れませんなあ」「私もあなたも、あの優しいお釈迦さんに比べてもまだおとなし過ぎて役にたたんかもね」

『田紳有楽 空気頭』藤枝静男、講談社、pp.122-113

この手の会話あと2時間くらいききたい。


億山が戯れと見たものはこの世の慣わし、日常に溢れる真と偽の交わり、黒い穴への永い永い道のりの途中にはこんなささやかな途方もない数の命の爆発の連続がある。私たちの命もささやかなものであり、爆発であり、真と偽の交わりが常であるのだろう。これ我らの行為を丁寧に描写することが私小説の礎か。


藤枝の文の強度も最強なのに、解説の川西政明氏の文が見事と言う他なく、本当に言葉が出ない。

「すべてが消滅してもなお消えやらずのこるその形なき苦痛こそ、藤枝静男の髄液のようなものではなかろうか。」

同上、p261



精密で、他者の歩み寄りを必要としない強固な文章。精読とその解釈における想像力、そして読んで書くという対話の普遍的な私的性、この私的性がそれぞれにとっての価値となると思わずにいられない。





2021/10/19


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