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ノリに乗れることが正義ではない

序章

 さぁ今回感想をつづっていく本はこれだ。

 こちら前回に引き続き、満を持しての読了だ。本書も最初に出会ったのが、2年前の話。当時学校アンチテーゼ論にハマっていた私ーー学校に関しては今もアンチの立場を持っているところはあるーーが学校の悪いところの一つに挙げられる同調圧力を認識し、より深くそれに理解を示したかったというのが確か当時の想いだったと記憶している。しかし時は流れ、いつものごとく読まれずAmazonの欲しいものリストにほったらかしにされていた。
 この頃ずっと欲しいものリストに溜めていた本を消化しようという流れがあり、その一環として多分選ばれたのだろうーー正直そのときの気分ーー。
 とはいいつつもずっと気になっていた内容ではある。なので、私はそれなり気を入れて読んだと7月の私に問いたい。

本章

初発の感想

 今回は対談本なので、口語形式による言語の扱い故読みやすかった印象。たまに私の脳使いの下手くそさによりどっちがしゃべってるのかを混同してしまう面もあったが、なんとかそこはなった。ちょっと私の短期記憶も危ういところだ。
 そして今回は同調圧力の原因とその対処、加えどういうシチュエーションで起きるかの具体例などを色々な方面からいう内容だったように思う。具体例が非常に多かったので本質内容も理解しやすいだろう。ちなみに具体例が多いのは翻れば、それだけこの日本世間(社会とは敢えて言わない)に同調圧力が多いことだとも言えるだろう。
 個人的には序章にコロナ禍と戦後の共通点的なことも書かれていたのが面白かった。同調圧力という文脈を通すとこんな見方もできるのかというのは興味深かった。この辺は詳しくは本書を読んでみてほしい。

同調圧力の正体

 ここからどんどん本書のネタバレを含み内容を掘っていこう。
 同調圧力と聞くと大半の方は悪いイメージを浮かべるだろう。これのせいで生きづらい世の中になっているなんて認識は世間にも多少浸透している等に思う。
 同調圧力の正体。内子的な解答はノリの押し付けだ。
 ノリ。それはその場の空気感とも言えるだろう。その空気感に乗れると「ノリがいい。」と評され、乗らないと「ノリが悪い。空気が読めない。KY」などと揶揄されるのがこの日本世間の特徴だ。
 そのノリが押し付けられているからこの日本世間は息苦しいのかという風に思われるかもしれないが、はっきり言ってそうだ。そしてこの日本にはびこっている一つの苦しいノリ、それこそが実は世間であるというのだ。
 世間。はっきり言うとこいつが諸悪の根源だ。由来は本書を読んで確認してほしいが、今回はこの世間の特徴を並べ、なぜこれが息苦しさを生んでいるのかを記していこう。

つまらない世間のルールとその悪性

 世間を生きるものにとって欠かせないルールというものがある。それを下記に記そう。

〇お返しのルール
人に何かやっていただいたないしものをもらった時には必ずお返しをしなければならない。
〇身分制のルール
そのコミュニティ内の序列に従わなければならない。
〇平等主義のルール
人は皆同じで平等でなければならない。
〇呪術性のルール
日柄、迷信は絶対に守らなければならない
〇排他性のルール
上記4つを破った場合そいつを排除しなければならない

 以上これが世間のルールである。皆さんはどう思われるだろうか。私は非常に面倒に思う。お返しは「いらないですぅ。そんなぁ~」とかいっておきながら本当に渡さないとなんやあいつとか言われるは、先輩に忖度してバスケットをプレイしなきゃならんとか、「郵送の封筒に"御中"って書け」だの、お前ひとりだけそういうことするんかとか、結構今思い返すと全部この世間ルールだ。まだ納得できる要素があればいいのだが、別に納得もいかず意味のない行為も多数。学生時代、特に中学時代はこういう謎のルールが多かった印象だ。
 私と同様にこういうのにはうんざりしているものもいるだろう。大きく分ければこんな感じだが他にもコミュニティごとに細かいルール、謎文化があるせいでそれをいちいち満たす必要があり、私からすれば非常に面倒だ。
 そしてこれを世間バカは絶対だと信じ他者へ押し付け、満たさなかったものは排除される動き。排除されたものは居場所を失う。人間は色んな意味で死にたくない生き物。人間にとってこれは辛いものだ。
 ちなみに世間は相互監視システムなので誰かがミスると総出で叩きに行くのが特徴。なのでずっと監視されている(本当はそんなことない)閉塞感がぬぐえないだろう。Social mediaの誹謗中傷野郎共の行動原理もこれだ。

同調圧力の本当の意味


 ここで同調圧力はノリの押し付けだと本章の最初に書かせていただいたわけだが、この世間。人によってはこれを満たさないと謎に親に叱られる、教員に叱られるということがあっただろう。そしてああせいこうせいと押し付けてくるーーちなみに自分が叱るのも世間という幻想からはみ出ないための自己保身だったりするーー。親は子へ押し付け、教師は生徒に押し付ける。そういうことを幼少期、学生時代、なんなら一番多感な時期にそれを教育されてしまうと、いずれかノリには絶対乗らなきゃいけない。ノリに乗ることこそ正義なのだと勝手に刷り込まれる。
 同調圧力。これは同調することを強制する(される)圧力(に感じる我々の感覚)。世間というノリのせいで、我々はノリは絶対だと教育されてしまっているのだ。それが圧力に感じるレベルにストレスとなり、我々日本人を苦しめているわけだ。

我々が持つべきマインド

 ここで自分語りにはなるが、やはり押し付けというのは基本的には嫌なものだ。私も世間のルールや不必要なことを押し付けられるのは嫌いだ。故に私は結構気に入らないことはやらない主義なのだ。結構傍から見ると空気が読めてないように映っていると思われるがそこまで気にしてないのが正直だ。
 翻り、私は実を言うと身内ノリが好きなタイプだ。伝わる人だけに伝わる系のものは大好きだ。特に私の場合は結構自分がノリを生み出すのが好きな人間で、例えば某家電量販店をネタにしてツボに入れさせたこともあるくらいだ。(なんの自慢やねん。ただ私一つこういうノリを生み出し布教することについて反省している面があってそれは、押し付けすぎてしまってたことだ。特にこういうのが好かないひとに押し付けていた節が学生時代にはあり、そりゃぁ人が寄ってこないよと後年内省した。自分を売ることにしつこさはいるっちゃいるがあまり過度になりすぎるのはよくない。
 少し話がそれたが、私も世間とは違う部類で押し付け行為を行っていたのだ。この反省は本書に出会う前の話ではあるが、読みながらそんなことを思い出した。そしてこの内省時に思った(であろう)ことを改めて綴っておきたい

ノリの乗るかは自由。自由意志の問題。無理に乗る必要はない。そしてそれを強要してはならない。

 要は好きにすればいいのだ。もちろんノリにのってくれればノリを布教した側や世間で言えば世間野郎は喜ぶだろうが、だからと言ってのらなかったことでその人の人間ーー個人を否定してはならない。個人の意志。それはノリにおいても大事であると思う。
 大体日本の世間なんてものは、グローバルに見れば日本独特のものであり、世界の身内ノリともとれるわけだ。なのにあたかも絶対であるかのようにーーそう思うかは自由ーー押し付けるのはお門違いなわけだ。
 そしてこういうノリに乗ることは自由であるという考え方を学校では教えてあげてほしいと願っている。たいていの人はこのつまらない圧力に揉まれる。私の場合はあとあることが理由でまだ相対的に強い個人でいられたが、揉まれた部分もあった。学校教育が批判される一つの要素はここであり、世の青春ごときでここの生きづらさを残すのは私的にはよくないと私も思っている。

終章

 今回はかなり自分語りが多くなってしまったのは許してほしい。だがこの本を読んでこれを思い出した、さらに書き残しておきたいと思い記させていただいた。これで我々の生きづらさの減少に少しでも貢献できれば嬉しい。
 本書には世間の対義に"社会"という概念が紹介されている。ここでの社会は日本人が想像するのとは少し違う意味を持つ。なんなら本当に意味での社会を知っている日本人は少ないと感じさせられる内容だ。ここもぜひチェックしてほしい。ちなみに言うと本書の社会の概念は私の生き様には腑に落ちる内容であった。
 実を言うと本書の世間に対する対処法とは違うことを書いている。しかし本書のアプローチも賛同できることで実は上記のノリの自由意志には関連があると勝手に思っている上、私も思っていたことではある。そこもこれから読まれる方は注目のところだ。

 ここまでの読了感謝申し上げる。長かったであろう。尚下の記事は続編的な内容になっても合わせて読んでいただけると嬉しい限りだ!

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