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盛岡を歩いて考えた、ウォーカブルの本当の意味

※写真はミナペルホネンの皆川さんのサインがさりげなく演出されているミナペルホネンのエントランス。後ろの二人がスーパーナビゲーターの田村さんとアンちゃん。

土曜日、毎週土曜日に開催される大好きな材木町よ市に今シーズン初の参戦をするため(6回目くらいかな?)に行ったついでに、盛岡を歩いてきました。

世界的なメディア「ニューヨーク・タイムズ」が選ぶ「2023年に行くべき52カ所」にも選ばれた場所です。

「ウォーカブルな街」として、近年よく名前が挙がる街です。都市計画に関わる人間として、その評判の正体を、全体像として自分の足で確かめたいと思っていました。

幸い、僕に盛岡よ市を教えてくれたライターのアンちゃん、ヘラルボニーの田村さんという超優秀なナビゲーターにご案内いただきました。

結論から言えば、歩いてみて、自分の中の「ウォーカブル」という言葉の理解が、少し変わりました。今日はその、歩きながら考えたことを、整理しきらないまま書いてみたいと思います。


まず、体に入ってきた「ちょうどよさ」

盛岡を歩き出してすぐ感じたのは、まちのスケール感が、歩くのにちょうどいい、ということでした。

中心部は高低差が少なく、平坦です。菜園のあたりから、肴町、紺屋町、材木町へと、自分の足で無理なく回れる。大きすぎず、小さすぎない。一日歩いても疲れすぎない範囲に、見たいものが収まっています。

私はかつて、仙台について「平面で人が出会う街」になれるのではないか、という仮説を書いたことがあります。高低差が少なく、人が地上を歩き、同じ目線で出会える街。 盛岡を歩きながら、その仮説が、すでに体現されている街を見ている気がしました。高低差が少ないことは、それだけで歩く人の負担を減らし、地上に人を留めます。これは設計でどうにかなる以前の、地形という資質の話です。

ただ——歩いているうちに、「ちょうどよさ」だけではない、と気づき始めました。

道に必要なのは、「目的地」だった

ウォーカブルという言葉は、ともすると「歩道を広げる」「車を減らす」「街路をきれいにする」といった、道そのものの話に矮小化されがちです。 でも、盛岡を歩いて強く感じたのは、もともと考えていた、人を歩かせているのは、道ではなく、道の先にある目的地だ、ということでした。

盛岡には、もともと目的地のある道が多い。 盛岡城址という核があり、神社仏閣があり、歴史的に「どこかへ向かう道」として育ってきた、参道のような通りが多いのです。人は、ただ歩きやすいから歩くのではありません。その先に行きたい場所があるから歩く。歩くという行為には、目的地が要ります。

これは、当たり前のようでいて、見落とされがちな点です。 どれだけ立派な歩行者空間を整備しても、その先に行きたい場所がなければ、人は歩きません。逆に、目的地が点在していれば、多少道が狭くても、人は喜んで歩きます。

盛岡は、目的地が先にあって、道が後から人を運んでいる。 ウォーカブルとは、道の問題である前に、目的地の配置の問題なのだ——歩きながら、そう考えを改めました。

個店が、目的地になっている

では、その目的地を、いま現在つくっているものは何か。 盛岡では、その多くが「個店」でした。

紺屋町などを歩くと、魅力的な個店が点在しています。古い町家を活かした店、店主の個性が立った店。そして、リノベーションされた店舗が、ポイントポイントで、いい役割を果たしている。古い建物が、新しい使い手によって、また目的地として息を吹き返しています。


紺屋町のリノベーションした町屋

驚いたのは、ミナ ペルフォネンのような全国区のブランドが、この街に店を構えていることでした。しかもその店舗は、既存の町家をリノベーションし、新しい建物棟と接続させて、街並みに溶け込むようにつくられていました。古いものを壊して目立つ箱を建てるのではなく、街の歴史的な肌理(きめ)の中に、そっと馴染ませながら建てられている。 これは、ただ店を出すことと、根本的に違います。ブランドの側が、盛岡という街の文脈に敬意を払い、街の一部になろうとしている。東京や大都市の商業施設に出すのとは、まったく別の姿勢です。それだけ、盛岡という街そのものが、ブランドにとって「ここに溶け込みたい」と思わせる目的地になっている、ということの証だと思います。

私は今後、「個店こそが地方の戦略資産だ」と書きたいと思っています。盛岡は、まさにそれを体現していました。個店の一軒一軒が、人を歩かせる目的地になっている。そして、古い建築を壊さずに新しい価値と接続させるその手つきが、まちの肌理を保ちながらウォーカブルを支えています。

ISAI PARKで考えたこと

中でも印象に残ったのは、菜園の川徳百貨店の中にある、ISAI PARKでした。

岩手発のヘラルボニーが手がける場所です。アートと福祉を事業として結びつけ、世界へ発信している企業が、地元の百貨店の中に、ショップとギャラリーとカフェを併せ持つ場所をつくっている。マルシェも開かれていました。

この場所が、地域と全国のたくさんの支援者から資金を集めて生まれ、今や世界へ飛び出す企業になっているという経緯を知って、私はあることを考えました。 これは、私がずっと考えてきた「好きを集めて、場所をつくる」ということの、ひとつの実例ではないか、と。

このまちが好きだ、この活動が好きだ、という気持ちを資源にして、新しい目的地が生まれている。そしてその目的地が、また人をまちに歩かせている。 お金の循環と、目的地づくりと、ファンの存在が、ひとつの場所の中でつながっている。盛岡には、それが起きていました。

とてもいい空気感のヘラルボニー主催のISAIマルシェ

インバウンドが、ファンになっていく

歩いていて、もうひとつ感じたことがあります。 盛岡には、海外からの旅行者が、ファンになりやすい雰囲気がある、ということです。

派手な観光地的演出があるわけではありません。むしろ、日常の延長のような、飾らない街並みと個店があるだけです。でも、だからこそ、訪れた人は「自分だけが見つけた街」のような感覚を持てる。何度も来たくなる。店主と顔見知りになる。 これは、私が「スーパーファン」と呼んできた関わり方の、まさに入口の風景でした。

大量の観光客を一度に集める街ではなく、訪れた一人ひとりが深いファンになっていく街。盛岡は、その素質を持っていると感じました。

仙台と長町に長井に、持ち帰る問い

盛岡を歩き終えて、自分のフィールドに引きつけて考えています。 仙台に、長町に、長井に、美里に私は何を持ち帰れるだろうか。

ひとつは、ウォーカブルを「道の整備」として考えるのをやめること。道をいくら整えても、目的地がなければ人は歩きません。だから問うべきは、「この道の先に、どんな目的地を配置するか」です。

もうひとつは、その目的地を、個店とローカルなブランドでつくること。チェーンや大型施設ではなく、店主の顔が見える個店こそが、人を歩かせ、ファンを生みます。

そしてもうひとつ。目的地を、誰かの「好き」を集めて生み出すこと。ISAI PARKがそうだったように、まちへの愛着を、お金と場所の形にしていくこと。

盛岡が、答えをくれたわけではありません。 でも、自分が別々に考えてきたいくつかの問い——平面で出会う街、個店という資産、スーパーファン、好きを集める仕組み——が、盛岡という一つの街の中で、つながって立ち上がっているのを見た気がします。

また、それを民間側から支える、上記の記事にもある明治40年創業の老舗「そば処 東家」の専務であり、盛岡駅前商店街振興組合副理事長でもある高橋大さんにもお会いできました。盛岡名物「わんこそば」で知られるお店です。この話はまた。

間違いなく町のキープレイヤー髙橋さん

その風景を、自分のまちでどう再現するか。 それが、盛岡から持ち帰った、いちばん大きな宿題です。

そして、改めて今回忙しい中ご案内いただいたアンちゃん、田村さん、勝手にやっている「盛岡よ市を見に行く会」に初めて女性として来てくれて、新しい目線を与えてくれた高山さんには感謝です。

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