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子どもの貧困 ②

今でもヤンキーっているのでしょうか?
私の友人であった2人のヤンキーのことを知ってもらいたいので、
ここに残します。

私はいろんな意味で装ってきたので、
小学校から中学校まで9年間、毎年学級委員をやっていました。

様々な学年委員会の企画の中で学年全員の作文を1冊の本にするというのがありました。

1学年400人以上、全員の書いた内容のチェックを私が担当していました。驚いたのですが作文さえまともに書けないほどの学力の人がいたのです。

ここに残したい2人のヤンキーは特に酷く、1人のヤンキーの生活環境を鑑みると仕方ないと思えたのですが、もう1人は社長の息子でしたので、不思議に思っていました。

その社長の息子のヤンキー、実は私を怖がっていました。幼少期から兄のおかげで私より年上の男子らに暴力を受けていたので、
タイマンなら180㎝の体格ぐらいの男子であれば、一撃で勝ってました(笑)

が、当然、だんだん勝てなくなってきたところで、
「窮鼠猫を嚙む」をリアルでやっちまいました。

自分が女の私にやられたことを知られたくなかったのか
それ以来その社長の息子ヤンキーは廊下をすれ違ったときは私を見てビクつくようになっていました。

彼が悪いことをしている話は聞きたくないほど聞こえてきました。ある時本当に悪いことをして、生活指導の先生に殴られ、その先生が彼につきっきりで指導をし、本当に反省したようで、それ以来、悪いことをしているという噂は聞こえることがなくなりました。

ただその殴った生活指導の先生が異動となってから、また悪さをしたという話が聞こえてきたのを憶えています。

そして卒業して会うことがなくなって…1年たった頃、
彼はボロアパートで自〇しました。

なんで立派な豪邸があるのにボロアパートにいたのか…
親に恥ずかしいと捨てられたそうです。

彼は小さい頃から背が高く、細い目がキツく見えたため、喧嘩をふっかっけられることが多々あったことを知っています。
親が彼の兄弟だけを可愛がっていました。

理由は分かりません。

異動になった先生のように彼にちゃんと向き合ってくれる大人がいたら違っていたと思います。

実は幼稚園の頃、彼とは仲良しだった私。
その当時は本当にごく普通の子でした。

だから笑うとたれ目になることを知っていました。

小さいとき不思議に思っていたのは、痣や傷がやたらあったことと
なんであんなに瘦せていたのか。

再会した時にはヤンキーになっていたので
本当の声を聴いてあげられなかった。

一番最後に会ったときは互いに笑ってハイタッチしたのを
今でもはっきり憶えています。

本当は素直ないいヤツでした。

女に負けたことを恥じたと同じく何で本当のことを言ってくれなかったのか言って欲しかったと今でも思います。

お願いです。声を上げてください。
あなたの話を聞きたい人は意外と近くにいます。

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