ガロア理論とバスエッセンス。——20年かけて溶かした、兄の冷徹と私の意地
「高尚」を強いた受験ロボットの兄
私の記憶にある長兄は、感情の起伏が乏しい「受験マシーン」だった。 筆を止めず本の中に埋もれる背中。分からない問題を訊けば「こんな簡単なことも分からないのか」と突き放され、「もっと高尚な話ができないのか」と冷ややかに言い放たれる。
末っ子の私は、そんな兄にどうしても認められたかったのかもしれない。 小学生低学年の私に意味も理解できるはずのない「ガロア理論」の分厚い本を、これ見よがしに彼の傍らで読んでいた。 「私だって、高尚な話ができるのよ」 そんな無言の抵抗と、精一杯の背伸び。それが兄との数少ない共有時間だった。
壁を溶かした「オートクチュールの天使」
そんな兄が30代後半で結婚した相手は、名家のお嬢様だった。 初めて会った彼女は、実家の古びたソファーに座っていても隠せない気品を纏い、オートクチュールを優雅に着こなしていた。
けれど、彼女は「お嬢様」という枠に収まる人ではなかった。彼女の実妹は卒業するのに億単位もかかる大学へ親が負担するのは当たり前と贅沢な生活をしている中、彼女は親の援助を当たり前と思わず、民宿で布団の上げ下げや掃除と自ら学費を稼ぎ、大学院を卒業した芯の強さ。 いつしか、見えない壁は溶け、彼女は「兄の嫁」を通り越して、私のかけがえのない友人になった。 そして、あの「ロボット」だった兄も、彼女の隣で少しずつ人間らしい感情を取り戻していったのだ。
命を繋いだ、二人の盾
私には、一生かかっても返しきれない恩がある。 かつて、実の親兄弟から命を狙われるという絶望の淵にいた私と子どもたちの前に、静かに、そして力強く立ちはだかり、盾となって守り抜いてくれたのは、この長兄夫婦だった。
彼らの数年にわたる献身的なサポートがなければ、今の私たちはこの世にいなかっただろう。彼らは文字通り、私たちの命を繋いでくれた。
糸を解いたバスエッセンス
PTSDの症状がひどくなった時、彼女から誕生日のバスエッセンスが届いた。 蓋を開けた瞬間、張り詰めていた心の糸がふっと緩んだ。それは単なる贈り物ではなく、今の私を、私の痛みを分かってくれている彼女の優しさそのものだった。

長兄と彼女の誕生日は数日違いで、先日、私は「香り」を二人へ贈った。 兄には安眠のフレグランス。彼女には「兄の加齢臭対策」のルームフレグランス。


「いつもセンスがいい!兄への毒舌も最高」 彼女からの笑い混じりの御礼の返信を受け取りながら、私は心の中で、あの頃の「ガロア理論」を広げていた自分を思い出していた。
言えない「ありがとう」の代わりに
長男が中学生の頃、書道の授業で尊敬する人を他の子が皆、「父母」と書いている中で長男だけ「母の兄」とあった。何で私じゃないの?と、いう気持ちになったことは言うまでもない。長男が不安定な時には遠方の上、多忙であってもかけつけてくれた。
長兄にも子どもがいるが、義姉が勧めてくれたと知った時には言葉が出なかった。
いつも喉まで出かかっている言葉がある。 「守ってくれて、ありがとう」
へそ曲がりな私は、20年以上経ってもまだ、そんなストレートな言葉は口にできないけれど。 自虐と兄への毒舌をスパイスにしたプレゼントに、精一杯の「愛」を込めて。 いつか、本物の言葉を届けられる日が来るまで、私はこの香りの交換を続けていきたい。
scriabin etude op 72
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