そこに愛はあったか?
高校3年生のころ、好きな女の子がいました。
かれこれ30年前ですか。うっわ。
当時の私は女性と話せなかったのです。過去のトラウマとかじゃないですよ。恥ずかしいし、無視されたり冷たくあしらわれたらどうしようとウジウジして一歩を踏みだせなかったんです。
(もしも僕がキムタクのような超絶イケメンだったらよかったのに)
朝起きて鏡を見て、自分の顔にガッカリしながらそんなことばかり考えていました。
好きな子は朝登校するのが早いんです。毎朝8時7分に教室に入ってくる。それをたまたま知った私は待ち伏せします。
「なんとか1対1でお話しできるチャンスを!」と思い、8時7分に合わせて登校を始めました。その子は友だちとわいわいするようなタイプではなく大人しい感じだったんです。
でも、
あいさつが、
できない。
「おはよう!」のひとことがどうしても言えない。「お」が口から出ない。今思うと教室に2人しかいないのにあいさつもしゃべりもしないのは不自然すぎですね。逆に怖いよ。
数カ月がたち、なんとか「おはよう!」は言えるようになりました。ところがそれ以上の会話ができないんです。
変な男だと思われたらどうしよう……。
ウザイとか思われたらどうしよう……。
好きなのがバレて「うーわ、ヤスに好かれたって」とか気持ち悪がられたらどうしよう……。
ウジモジしながら時は流れ、結局その子とは言葉を交わさないまま、3月の卒業式を迎えました。
最後のホームルーム。教室で先生から卒業文集が配られます。卒業生みんなが自分自身のことを書いた作文です。私はまっさきに好きな子のページを開きました。
衝撃です。
ありえない文が書いてありました。
他の同級生は1ページぎっしりに友だちとの思い出や学校行事の話を書いている。なのにその子はたった一文しか書いていなかったんです。「ヤスが好きでした」……いやいや、まさか。想像すらしていなかった一文でした。
「あまり楽しくない高校生活でした。」
衝撃でした。
そしてとても後悔しました。
……しまった。
しまったー!!!!!!!!
卒業文集なのに、こんなことを書くなんて。絶対に先生から「本当にこれでいいの?」と言われたはずなんだ。なのに書いた。この子は高校生活がどれほどつまらなかったんだろう。
どうして私は声をかけなかったんだ。もし私が勇気をだして声をかけていれば、恋人になれなくても友だちにはなれたかもしれない。二人で「学校つまんないよねー」なんてバカ話をしながら楽しませたかもしれない。あの子が少しでも笑顔になれたかもしれない。かもしれない。かもしれない。かもしれない……。しまった。やってしまった。
私は反省はしますけど後悔はしないように生きたいんです。
でもこの時ばかりは、めちゃくちゃ後悔しました。その子を私が好きだと知っているオタク友だちが「ヤス、これ……」とその女の子の文集ページを見せにきてもまったくの上の空でした。なんて返事したか覚えてません。
家に帰りお母さんが作ってくれたお昼ごはんのあったかーい味噌汁の豆腐さえ、胃にもたれて吐くほどショックでした。
私はずっと、自分しか見ていなかったんです。
行動したら嫌われるかも。キモがられるかも。ウザがられるかも。なんて思うのは「自分が傷つきたくない」から。相手を楽しませる、愛するのなら、自分だけを見ていてどうするんだ。
この日を境に、私の行動は変わりました。
目の前の人を笑わせる。自分が相手からどう思われようが、出会った人をとことん楽しませる。できるかどうかはわからない。すべるかもしれない。でも、やるだけやってみる。
もう二度と、好きな人に悲しい思いはさせたくないから。
[画像協力:さちわ]
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