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語ることがない?ならどう語る?

 
有名な「まんじゅうこわい」を立川談志がやっていたのを観てたのです。談志はどんなふうにやるんだろ?と気になってね。まぁ、すごいな。

そしたら目が冴えてしまって、なんならスイッチ入って頭もフル回転して。

落語は、書くためのエッセンスが詰まっている。

ナラティブです。日本語では物語や語りと訳されるんだけどストーリーとは異なる。

たとえば昔話の桃太郎。誰が語っても物語は同じ。おじいさんとおばあさんがいて、桃が流れてきて……というストーリー。

ナラティブは自分の主観やこれまで生きてきた背景、思想をベースにして語るんです。

ストーリーは設計図で、ナラティブは設計図を読んだ人の息遣いとでもいいましょうか。桃太郎の話を独自に解釈して、新たな物語を作りあげる。

落語は演じる人によりオチが異なっていたり、オチに至るまでのアプローチが違うんです。語りが違う。

エッセイや私みたいな文章論を書いていると、他人と内容が似てくる。エッセイは日常を書くとエキサイティングに表現できない悩みがあるよね。「私自身の経験なんてたいしたことないよ」って。

落語のオチが噺家で変わるように、ナラティブは話し手で変わる。だから私たちは「自分の考え」を混ぜ込むべきで。

起承転結にきっちりハマらなくていい。むしろ「転」だけで終わることだって許される。読者に問いを残す方が、結末を投げ渡すよりも強烈に刺さるってわけで。

たとえ話がそれ。「たとえば私は過去にこんな経験をして○○だと感じていたんです」と、他の人に書けないものをつくれる。

たとえば桃太郎にひとこと足すだけでまるで別物になる。「鬼が財宝をためたのはなぜか?」って考えると、鬼ヶ島が単なる舞台装置じゃなくて、権力の象徴かもしれない。奪って持ち帰った財宝は、本当に住民の幸せになったのか? と問いを投げる。読者はその疑問を持ち帰り、自分の世界で咀嚼し始めるんだよね。

文章の力ってのはテクニックだけじゃない。視点を変える習慣、問いを立てるクセ、そしてそれを愉しむ勇気なんだ。

自分の言葉で語らなければ、ナラティブは生まれない。だから、落語を聴いて夜が冴えちゃった私のように、小さな違和感を拾って、問いを育ててみては。

読んでくれてありがとうございます。私の言葉で語るからこそ、この話は生きるのであって。

 
[画像協力:さちわ]

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