人間くさい文章こそ、私たちは読みたい
綺麗な文章を読みたいんじゃない。
おもしろい文章を欲しているのだ。
まぁ、あちこちでよく聞きます。うん、私もそう思う。心震える美文もそりゃあね、たまりませんけどもね。その道をめざすのもいい。書きたいよね。
AIが書く記事が心に刺さらないのは、人が書いていないからです。機械的、一本調子、感情がこもっていない。
じゃあ文から滲み出るその「人間らしさ」の正体は、なんなんだ?
文章のクセもそのひとつかな。私なら「まぁ」を文の始めによく使うし。わざと語尾を同じにしてリズムをとるし。「〜よね」も多いよね。
いちばん「人間くささ」が出るのは私はこれだと思うのです。
「物事の見え方」
目の前にリンツのチョコが1つある。あの丸いやつね。うまいよね。
で、そのチョコは最初は6個くらいあったとする。もう5個は食べちゃってて無い。残り1つ。
これを「ああ、もうあと1個しか残っていない」ととらえるか、「最後の1個がまだ残ってた!うれしっ!」とみるか。
フラットに考えると1は1です。それ以上でも以下でもない。ただの1。なのに人間はそこにネガティブだったりポジティブだったりな見方をするんですね。チョコが1個でも6個でも美味しさは変わらない。もう一つたべたいと思うのは、まぁ、それも欲望ですな。人間らしい。
「プロセスをたのしもう、味わおう」もそう。行動するのは結果のためです。結果が早く出れば出るほどいい。途中のプロセスなんてどーでもいいわけで。タイパはこの考え方よね。
なのに「旅行に行くまでのワクワク感が好き」と、プロセスに楽しみを見出すのが人です。レゴブロックを組み立てるときも似てるかも。サッサと完成させるのがいい。完成品をつくるのが本来の目的だけど、作ってる途中が楽しいんだよ。焼酎ロックをちびちびやりながらレゴを組み立てる時間は至高(理解者求む)。
「チョコをもっと食べたいなら買えばいいじゃん」
「その時間、意味があるの?」
「悩んでいる暇があれば、行動したら?」
「お金にもならないのに、よくそんなに熱中できるね」
ゴールを最優先で目指すのは機械的なのかもしれない。悩んだりウジウジしたりネガティブになったり落ち込んだり。あるいは喜び楽しむ。
すごい無駄で無意味なことをなんやかんや言いながらやるのが、人間くささかもしれないな。
今日も読みにきてくれてありがとうございます。マネタイズが全てだと思わない。
[画像協力:さちわ]
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