おばあちゃんの料理と私と文章
「おなかいっぱいご飯を食べたかったんよ。だから食堂を始めてん」
昔、浮気疑惑の祖父に拳銃を向け、引き金に指をかけたチャーミングな私のおばあちゃん。祖父は戦争時代に軍人で拳銃を携帯していました。まぁ時代なんでこんな恐ろしいエピソードもありです。
祖父はことあるごとに「わしは一度死んどるから大丈夫」と言ってました。おばあちゃん、本気だった。戦争じゃなくおばあちゃんに殺されかけたおじいちゃん。
実家には祖父母、父母、妹、私の6人で住んでいました。1階は食堂、2階と隣の家が私たちの居住スペースです。
うちの食堂のお客さんは大手企業で働く人や公務員、近所の人、工事現場で働く人たちでした。いつもがやがやと賑わってヒマな時間は見た覚えがありません。
家に帰るとおでんの出汁と天ぷらの香りがいつも漂っていました。
おかげで母はおでん、私は天ぷらが苦手です。苦手というかどれだけお高い店で食べても味がしないんですよね。母も同じだそうです。
祖母が料理、祖父は裏方。パートさんがホールと言いますか、料理以外の配膳やレジなどを担当していました。母も昔はバイト的に働いてたそうです。あ、父は婿養子なんですよ。
祖母の料理はほんとにおいしい。
食堂で繁盛するくらいの腕だし、親戚も祖母の料理が目当てで盆と正月に大勢あつまってました。なつかしいなあ。
祖母が食堂をはじめたキッカケは、戦争です。
「おなかいーっぱい、おいしいご飯をいっぱい食べたい」
「おいしいご飯をたくさんつくって、食べる人に喜んでほしい」
まともにご飯をたべることが出来なかった経験があったからだそう。
うちが繁盛していたのは、値段の安さにもありました。大学の学生食堂並だったはずです。
こんな出来事がありました。
祖母が役所に用事があり窓口で並んでいると、事務所の中から偉そうな人に呼ばれ
「ウエダさん!こっちこっち!」
と常連のお客さんだった役所の偉いさんに列をすっ飛ばして対応してもらって。よくあったようで。ルール重視のお役所なのにね。
他にもあります。
知り合いでお金がない人に「出世払いで!」と言われ定期的にお昼ごはんを食べさせてました。「たぶんあいつはこの先も払えへんけど、しゃーないなぁ」とおばあちゃんは言ってました。
何十年かしてその人から帯付きのお金をドンっと頂いて。食事代を差し引いてもお釣りのほうが明らかに多かった。本当に出世されたんです。「あの時、おばちゃんに助けてもらわなかったら俺、死んでたから」と言うんです。
いいことばかりでもありません。
ツケ払いで逃げられたお客さんもちょこちょこいたようです。
私にもエピソードがあります。
学生時代に勤めていたアルバイト先で、みんなから恐れられていた古参アルバイトリーダーみたいなおばちゃんがいたのです。ドン。勤務歴が長いもんだから社員も恐れるドンおばちゃん。社員より仕事ができましたから。
バイトを初めて何日か経ってからはじめてドンおばちゃんに会ったとき、いきなり「あ!ヤスシくんっ!」と呼ばれびっくりしました。(な、なんで下の名前で呼ぶのよ?しかもなんで私の下の名前を知ってんの?)とちょっとパニックです。ドンだし。
そうです。
ドンおばちゃんはうちの常連客でした。
私と妹は学校が休みの時、ランチタイムを過ぎたくらいに食堂でご飯を食べることが多かったんですね。常連さんには顔を覚えられるんです。こっちは覚えてません。
ドンおばちゃんはうちのお客さんだから私の顔を知っていたんです。新人の私がのびのび楽しくアルバイトできたのも、祖母のおかげでした。
祖母は根本的に「喜ばせたい」思いが強かったようです。
自分は料理ができるからそれで人を喜ばせる。「おいしかった~」って言ってもらえばめちゃくちゃうれしい。「おかわりあるでー」と嬉しそうにいつも笑顔で言ってました。
フライパンを振りすぎて指が変形しても、立ち仕事で膝に爆弾を抱えても、祖母は食堂を続けました。
さすがに歳でどうしようもなくなり引退しましたけれど、店を閉めてからもずっと役所では順番を待つことはなく、ご近所さんから「再開してほしい」と願われ、家族や親戚には料理をふるまっていました。
「おいしいものをお腹いっぱい食べたい」
「おいしいご飯をつくって食べる人に喜んでほしい」
私が文章を書くのと似ているなぁ。
お酒が飲めるようになった今。
あー、もう叶わないけれど、
おばあちゃんの料理でお酒が飲みたい。
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