スピリチュアルじいさんと過ごした日々
天清浄地清浄内外清浄六根清浄と祓給ふ 天清浄とは天の七曜九曜二十八宿を清め 地清浄とは地の神三十六神を清め……
おいおいおい。どうしたどうした。なんだなんだ。うん、こんなのいきなり書かれてもナンノコッチャでしょう。
これ、祝詞です。神社で聞いた人も多いかな。神様に捧げる言葉。私はいくつか暗記してるのです。
なぜかって? 毎日のように聞いていたからさ。いつのまにか覚えてしまったんです。門前の小僧習わぬなんとやら。
物心がついた頃には、実家の六畳の一室が巨大な神棚に占拠されていました。毎朝毎晩、祝詞が聞こえてくる家に住んでいました。
違和感なんてありません。それがふつうだったんだもの。小学生になり、友だちが家に遊びに来ると大きな神棚を見て「ギョッ」とされて、はじめて気づいたかな。あー、うちはよそと違うんだ。ふつうじゃないんだって。あ、ちなみに反社系な家ではありません。ちょいとスピリチュアルな家だったのです。
物心がついた頃には、と言いましたが、物心がつく前に、こんな家になった原因があるんです。
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母方の祖父母は奄美大島出身です。沖縄県の近く。鹿児島県に所属する島です。奄美にはノロ、ユタと呼ばれる霊的な能力をもつ人がいます。村人の相談や悩み事を解決する民間の霊能力者。たいそうなもんではありません。身近な存在です。まわりからは敬意と親しみを込めて「神さん」と呼ばれてて。神棚を作り、神様を拝む人たちなんです。
奄美大島の個人商店には「神さんセット」とよばれる焼酎と塩が売っているんですよ。日本酒じゃないんだよね。神さんに相談へ行くときはこのセットが必須で。神棚にお供えするためにね。
有名な神さんには顧客がいます。政治家や芸能人がはるばる奄美大島まで相談に来るそう。なんか儲かりそう? いえいえ。神さんになる人はみんなお金がありません。もし金持ちの神さんがいたら100%ニセモノです。なんかね、お金を多くもらいすぎると良くないことが起こるらしい。お金も神様に捧げないとダメなんだろうな。
いろいろ詳しいでしょ? お察しの通り、実家で同居していた母方の祖父が「神さん」だったのです。
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男がユタ神様になるのは珍しいらしく。ほとんど女性です。祖父の母(私のひいおばあちゃん)が奄美の中でもかなり有名な神さんだそうで。通り名もあったくらいの。その血を祖父が引き継いだんです。
神さんになるにはサインがあって。本人が原因不明の病で何ヶ月も苦しんだり、精神的に病んだり。医者には治せません。“カンダーリ”と呼ばれる症状なんです。通過儀礼みたいな感じでしょうか。
本人だけでなく“家族に異変が起こる”。これが「神様を拝みなさい」の合図です。
祖父の原因は、私です。物心がつく前、めちゃくちゃ怪我と病気をしまくったそう。家の階段から何度も落ちてたみたい。(命に別状はない、が、頭は打ったんじゃないかなと最近思ってる)
私が小さい頃の写真をおさめたアルバム。そこにはだいたい頭に包帯をまいた私がいます。梨をくるむ白いアミアミネットみたいなやつ。
家族の異変。しかも可愛がっている孫の異常事態です。祖父は「あー、これ、拝まなアカンやつや……」と気づきました。たしか夢で見たって言ってたっけな。すぐに奄美大島に行き、現役の神さんからいろいろと習いました。祖父はその人を先生って呼んでた。
そこから神棚を家に作り、毎朝毎晩拝み、定期的に祭事をやっていました。私の異変は嘘のようになくなったのです。だから宗教とは少し違うんだ。神棚の横に仏壇もあったし。
スピリチュアルが好きな人からすれば、うらやましそうな家系でしょ。これがね、キツイのよ。まず食べ物が制限されます。牛系はぜんぶアウト。牛肉はもちろん、牛乳やチーズもです。
精のつく食べ物や匂いのキツいのもダメ。ニンニクやウナギとかね。あとフグもダメだったかしら。
宗教的な規律に思えるかもしれない。ただのルールでしょ?って。これらを口にすると祖父の身体に異常が起こるんです。アレルギー反応のように顔から全身までボコボコに腫れるんです。
神様を拝み始めてからの拒否反応なんですよ。祖父はグラタンが好物だったからね。アレルギーではないんだ。
私たち家族は食べても平気なんだけど、同居してたから。あまり食卓には出ませんでした。どうしてもステーキが食べたいときは、祖父母がいないときでした。
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祖父が拝みはじめた理由がもうひとつあって。それも私絡みなんですけど。
家族みんなで旅行に行った時。一晩旅館に泊まった翌朝です。私が祖父に「おじいちゃん、家が燃えてるわ」と不穏なことを何度も何度も繰り返しうったえたらしいんだ。(覚えてない)
祖母は「きもちわるいこと言いなさんな」とたしなめるけど、祖父は何かを感じ取ったらしく、うちの近くに住む親戚に連絡しました。家の様子を確かめてもらおうとしたんですね。当時は携帯もスマホもない時代です。
「あああああ!タツミさん!(祖父の名前)どこに居てるねん!みんな探しとったんや!!!」
親戚の中でも仲の良かった祖母の姉が、昨晩、亡くなっていました。
親戚中、ウエダ家(うち)に連絡しても繋がらない。家に行っても誰も居ない。通夜をせなあかんわ、葬式もあるわ、どうしたらええねんと大騒ぎ。祖父は親戚たちの葬式を取り仕切ってましたから。ウエダ一族の葬儀委員長なんです。
旅行先から慌てて帰りました。
「ヤスが言ってたのはコレやったか。大騒ぎしてたのを火事やと思ったんか」
祖父は私に能力があると大変だからと、それなら自分が拝めばいいと思ったそうです。神様は一人にだけ降りてくるんだって。ちなみに今の私には何の霊的能力もありません。
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葬式がね、クセモノで。親戚の葬式の場でもいろいろ起こりました。通夜のとき、飲んで騒いでの大騒ぎをするのが一族の慣わしなんです。神さんは関係ないね。酒好き一族って理由です。
もうね、大学生の飲み会サークルかってくらい、はしゃぎます。私は奄美三味線を弾き鳴らします。沖縄の三線みたいな楽器ね。ジャンガジャンガと弾いて葬式なのにみんなで歌って踊ります。指笛をピィーピィー鳴らして。
私、大人になって親戚以外のお葬式に行った時びっくりしたもん。みんなおとなしい。悲しいだけの葬式やんか……って。
ある通夜の席で、親戚のおっちゃんがいきなり倒れたんです。ほんと、唐突にマリオネットの糸が切れたかのようにボテンって。救急車を呼ぶ間に、祖父は何やらお祓いを始めるんです。たぶん祝詞をあげてたのかな。わかんない。なんかぶつぶつ言ってました。で、何事もなかったかのようにおっちゃんが復活するっていうね。病院に行っても何の異常もないんです。
また違うお葬式のとき。いつものような大宴会をしていました。私とひとまわり離れた仲の良い親戚の男の子が、変な話を始めたんです。何の脈絡もなく、誰の話なのかもわからない。こわいこわい。
その子のお母さんが口を押さえて気づきます。「い、今、話してる子、この前亡くなった仲の良かったこの子の友だちや……」
どうやら乗り移られたっぽく、ヤバい状況に。だって話してる合間にウィスキーのボトルをそのまま飲むのよ。いやいやいや、無理やわ。死ぬで。
また祖父がお祓いをして、なんとか切り抜けました。その子が正気に戻ったらわんわんと泣き出してね。なんか、すごい現場でした。
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祖父の能力は「夢を見る」でした。水に溺れる夢を毎晩見ていた時期があって。同じように溺れる自分の親が夢に出てきた時に、思い当たったそうです。墓になにかが起こっている、と。
ウエダ家のお墓にいき、骨壷を確認しようと墓石を開けてみると、びっしゃりと水が溜まっていたそうです。
何度も何度も電車に乗り遅れる夢を見たときもあって。これは何の暗示だろうと気にしていたそう。祖父の夢は直接的でないのです。なんか遠回りに教えてくれるんだ。
はい。またまた原因は私でした。大学を留年したんです。卒業単位がヤバいことは家族に隠していたのになぁ。ちなみに余分な学費は祖父に土下座して借りました。
◆
祖父は私をひたすらに愛してくれました。子どもが母だけだったので、待望の男の子だし。おもちゃをたくさん買ってくれ、美味しいものをいっぱい食べさせてくれて。おこづかいも、亡くなる直前の30代手前までもらってたな。あー、今望むなら、うまいお酒をいっしょに飲みたかったよ。料理上手で食堂をやっていた、ばあちゃんの手料理を肴にしてさ。
小さい頃、私が熱をだして寝ていると、祖父は様子を見にきてくれるんです。「ヤス、だいじょうぶかぁ?」
でもね、じいちゃん。拝むときの白装束の格好で部屋に入ってくるのはやめてほしかったよ。熱で朦朧とした頭だと、白装束のじいちゃんが死神に見えるんだよ。ああ、三途の川からお迎えが来たのかって思っちゃうんだよ。
ひんやりとした手のひらを額に当て、熱を確かめてくれるあのしわしわの感触は、今も忘れられません。
◆
祖父が亡くなったときは大変でした。精神的な支えであり、大好きだった祖父がいないってのもあるけど、あれです。巨大な神棚をどーすんねん。
奄美の人に連絡して聞きました。むこうにも神さんはもちろんいますからね。神様にとって死は穢れだから、早く解体して神社に持っていかないといけないんだって。
こりゃ大変だと、通夜の前に仲の良い親戚たちに事情を話し、みんなで神棚大解体です。「じいちゃん、えらい頑丈に作ったね」と喪服の男たちがトンカチ片手にバッコバコに解体します。五月だったけど暑い日だったな。汗がダックダクになったもん。すぐにビールを飲んだよね。
実家の近所には住吉大社があるんです。けっこうデカい神社です。春日、出雲にならぶ大社。社務所に連絡して元神棚を運び込みました。
親戚が乗ってた車がさ、白いベンツなのよ。そこに元神棚を入れて、黒スーツの男たちが神社に行くでしょ。神社の人がビビってたもんね。親戚のおっちゃんも、一緒に来てたうちの母を「姉さん」って呼ぶからややこしくて。
車から元神棚を出してお祓いが始まりました。
その時です。ずっと聞いていた、覚えるほど聞いていた、反抗期には「うるさいなぁ!静かに拝んでや!」と文句を言っていた、祖父のいつもの祝詞を宮司さんが唱えはじめました。
その日は朝からバタバタしてて感傷に浸る間もなかったんだけど、ダメだった。祝詞はダメだ。耐えきれず、号泣しました。
今も祝詞は、弱いです。
#創作大賞2024
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