何者でもない私にだけできる布教活動がある ━━SNSに生息する凄い人たちに圧倒されてしまった時に読む記事《今週の三題噺発表》
「長らくのご愛顧ありがとうございました」
閉店セールの赤い紙、スーパーの入口、商店街のシャッター、あの言葉にはいつもちょっとだけ責任を感じる。いや、店の関係者でもないのに。たぶんあの文が丁寧すぎるのよ。こちらまで少し常連だった気分になる。2、3回しか行ってないのに、勝手に歴史の一部にされる。文章も丁寧で低姿勢。閉店なのに最後まで接客ができている。
で、書くことの世界にいると、この札がなぜか頭の中で別の意味を持ちはじめるんです。
私は何も始まっていないのに、勝手に終わろうとしていないか。まだ店も開けていないくせに、脳内だけで閉店のあいさつをしていないか。
SNSですごい人を見る。文章が強い。賞をかっさらう。企画も通る。名前を出せば人が集まる。なんなら投稿しただけで拍手みたいなものが起きる。
ああいう人を見ると、こっちは急に試飲コーナーの紙コップになる。存在はある。でも小さい。しかもぬるい。果汁100%どころか、だいぶ氷でかさ増しされている感じがする。
勝手に思ってしまう。あの人たちは最初から完成品として搬入されたのではないか、って。後光を背負って、段ボールを開けたら「売れる書き手」がそのまま入っていたのではないか、って。
鮮度そのまま直送。すごさ濃縮還元。ラベルも最初から貼ってある。こっちはまだ中身が何味かもわからないのに。
いや、でもたぶん違う。
っていうより、違うに決まっている。人が何者かになる瞬間って、もっとヌメっとしているはず。もっと手探りで、見た目が悪くて、売り場に出すには勇気がいる。果汁100%って聞こえは立派だけど、実際は沈殿する。振らないと濃さが偏る。甘い日もあれば、妙に酸っぱい日もある。ちゃんとしていない。なのにちゃんとしていないからこそ、本物でもあって。
……そうか、何者かになる方法とは、完成することじゃなく、濃度をごまかさないことなのではないか。
うまく見せることじゃなく、いま出せる果汁をそのまま出すことなのではないか。
「全国の何者でもないみなさん、お待たせしました。本日の講演はこちらです。『未完成のまま店頭に立て』」って悩む人の前に出たくなるのよ。
会場の照明が落ち、職員室みたいな匂いがするステージに、私は布教活動のリーダーとして登壇する。マイクを握り、言う。
「大丈夫です。まだ代表作がなくても、肩書きがなくても、フォロワーが少なくても、今日書いた一文が、あなたの開店です」
そこへ現実が来る。だいたい家事とか通知とか眠気の顔をして来る。あるいは投稿した記事の数字として来る。思ったより伸びない。静か。拍手なし。コメントなし。こちらの開店に対し、世界がびっくりするほど無風。布教活動初日、駅前に立ったのに誰もチラシを受け取らない人みたい。寒い。メンタルが薄着。
でもね、何者かになる人は、最初に「すごい人」になるんじゃない。最初に「やってる人」になる。
地味だけど本質じゃないかしら。見られていない時期に出したものが、その人の骨になる。反応が薄い場所で続けたものだけが、あとからその人の声になる。
何者でもない、という言葉は便利です。逃げる時にも使えるし、拗ねる時にも使える。
私もよく使う。かなり使う。詰め替え用が必要なくらい使う。けど同時にそれは始める人にだけ与えられた身分でもあって。
何者でもないから、失う看板がない。何者でもないから、変な書き方を試せる。何者でもないから、まだ誰の期待にも縛られていない。そこには自由がある。頼りないけど、たしかにある。
たぶん何者かになる人は、自分を大きく見せるのがうまい人ではない。自分の未完成を引き受けたまま出す人だ。ぬるくても、偏っていても、今日の分を出す人だ。果汁100%のまま出す。
見た目が少し不器用でも、人の口に妙に残るものは、たいていそこから生まれる。
まだあなたが何者でもないと思っているなら、それは案外わるくないからね。
閉店の札を出すには早すぎる。長らくのご愛顧ありがとうございました、は、もっと先でいい。今はまず店を開ける。商品名がなくてもいい。ポスターが雑でもいい。とりあえず棚に並べる。ひとつ置く。記事をアップする。
その地味な一回が、あとから見るといちばん光っていたりする。人はたぶん完成品に会いたいんじゃない。少しずつ何者かになっていく途中の熱に会いたいんだ。
だから閉店のふりをやめる。みっともなくても出す。今の濃さで出す。そういう布教活動を、まず自分に向けて始めてみるのも、いいんじゃない?
《前回の三題噺》
1.布教活動
2.果汁100%
3.長らくのご愛顧ありがとうございました
説明しよう!三題噺とは、まったく関係のない3つの言葉を強引にひとつの話にまとめる文章遊びであーる。頭をフル回転させながら、「どうつなげる?」「オチどうする?」という落語的プレッシャーが味わえます。エピソード構成力、語彙力、そして無茶ぶり耐性まで育つ、文章版・筋トレRPG。それが三題噺。やってみなきゃ、もったいない!
《今週の三題噺》
1.銀メダル
2.花見
3.漢字検定
ハッシュタグ
#木曜日は3ースデイ
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締め切りは一応来週3月25日(水)まで。
過ぎても大丈夫です。
#放課後ライティング倶楽部
[画像協力:さちわ]
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