noteの悪魔と文章論《掌編小説》
「……ほう。そういえば説明してなかったか」
悪魔はソファに足を組んで座り興味深そうな視線を送ってくる。私は少し不満げな声で答えた。
悪魔は私と同居している。経緯はこちらを読んでいただけるとわかる。
「そうだよ。悪魔はたまに『あんなのは文章術でない』って言うけどさ、文章術っていったいなんなんだよ」
同じ姿勢を保ちつつ悪魔の視線が一瞬だけ上を向き、語り始めた。
「文章法と文章術、そして文章論の違いはわかるか?」
「同じじゃないの?」
「阿呆。言葉を扱う文章の世界において、文字が異なるのに同じなわけがなかろうが。
文章法とは方法。知っていれば誰でも使える。主語には述語が必要。接続詞の扱い方。体言止めや倒置法。文章構成。学校やマニュアルで教えられるものが文章法だ」
納得した。市販されている文章の書き方本はほとんどが文章法について述べている本だ。マニュアルのため読んでいても面白くない。
「それなら文章術は?」
悪魔は一呼吸おいてゆっくりと伝え始める。
「……理から外れたものが術」
「コトワリ?ルールってこと?」
「俺たちが使う魔術。そして妖術や降臨術。そういった術は世の理から外れているのだ。お前らに馴染み深い計算術もその一つなのだよ」
「どうして計算術が外道なのさ?」
「なにも外道とは言っておらん。
8×7はいくつだ?」
「56」
「お前、どうして瞬時に答えられたのだ? 8を7回足して計算したのか?」
「九九を覚えているからだよ。あたりまえじゃん。小学生はみんなできるよ」
「8を7回足していくのが計算法。そこには道理がある。九九で『覚えて』瞬時に答えを導き出すのが計算術だ。覚えるのに理屈はいらんだろ。では12×23はいくつだ?」
「え、それは覚えてない」
「そう。術を知らんからわからない。12を23回足せばわかるであろう?あるいは九九の範囲で算出するかだな」
「筆算だね」
「つまり術とは、欲しいモノを手に入れる力。世の理や法則を無視し、己が欲するモノを入手するのが術だ」
「でさ、ややこしい話はいいんだけど、文章術となんの関係があるんだよ」
「阿呆。順序立てて説明せんとそれこそ道筋がわからんであろうが。いや、ふふふ。それが術の本質なんだがな。
『文章のセンス』を耳にしたことがあろう?」
私は眉間に皺を寄せ苦々しく答える。
「ああ、センスがある文だよね。どうしたらそんな表現思いつくんだよって。文章はセンスが何より大事って最近は思っているくらいだよ」
「そう。あれが文章術だ。説明しようにも説明できんのだ。計算術はまだ道理がわかるが、文章術には道理がない。一気に欲しいモノが現れる。故にセンスのある文を書ける人間も、どうやって自分が書いたのか説明できない」
「そんなの身につけようがないだろ」
「……あるのだよ。術にはな、発現するための条件がある」
「え!なにそれ。めちゃくちゃ教えてほしい」
「誓約、だよ」
「誓約?」
「ああ、己に誓約を付けるのだ。悪魔と取引すると表すのがわかりやすいかもしれん。
例えば『家族の話を必ず書かねばならない』という誓約。マストだな。しなければならない。自己啓発界隈で嫌われる言葉だが、誓約はこれでないと駄目なのだ。『家族の話を書く』だと、書かなくても構わないと勝手に変換されてしまうからな。書かねばならないから、術が発現するのだ。
もっとわかりやすい例があるぞ。
毎日更新だ。
誓約をかけてある人間とそうでない人間の違いが、毎日更新できるか否かなのだよ。『毎日書かねばならない』と誓約をかけるから、書けるのだ。そこに理はない。『毎日書く』『挑戦する』だと、術が発現せず、挫折するからな」
「誓約、か」
「『楽しんで書く』も同じだな。まずは書くことを楽しもう!なんて言われても、すぐに書けなくなるもんさ。楽しく書く文章法があれば書けるのだが、そんなものないであろう?まだ見つけられてないからな。
だから文章術で誓約をつける。
『楽しんで書かねばならない』と」
私はふと浮かんだ疑問を口にした。
「誓約があると、どうして望む結果が現れるのさ? それが文章術と言われても意味がわからなくなってきたんだけど」
「人間の耳と耳の間にあるブラックボックス、術を司る器官の脳はな、誓約があると勝手に道を探し出す。毎日書かねばならないと決めると、毎日書けるように脳が導く。故に文章術には決まった正解がない。脳の答えは個人で異なるからな。方法で説明ができんのだよ。AIが文章術を使えないのも、このためだ。所詮、理から外れないのがAIなんだよ」
「なんとなくだけど、わかったよ。でさ、誓約を破るとどうなるわけ?」
「俺たちの魔術なら、誓約を破ると俺たちの存在そのものが消える。
文章術の場合、書けなくなる。
わかりやすいだろ。
物書きにとって書けないのは、な?
さぁ、お前はどんな誓約をするのだ?」
「いやいや、待って。その前にさ、『文章論』はなんなの?」
悪魔はまた視線を上にあげ元に戻すと、珍しく口角を上げ笑顔になった。
「俺が今、お前に語ったようなのが文章論だな。騙り[かたり]だよ」
《悪魔の登場回》
#私の作品紹介
[画像協力:さちわ]
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