歯医者と忍たまと、お腹の虫。│ チロリアンランプの一日
今日は私の嫌いな歯科治療の予約日。
「麻酔して治療しますよ―」と聞いていたから、あぁまたあの痛い思いをするのかと、朝から少しブルーだった。
しかも今回は、初めてこの歯科医院の予約を午前中に取っている。
なのに昨夜は、娘の解説付きで最近巷で流行っているという「ミュージカル 忍たま乱太郎」を三本立てで鑑賞。
気づけば朝を迎え、早寝早起きのヒネムノキはすっかりお目覚めだった。
職業柄、娘は「トレンドは研究しておかないと時代に取り残される。」と鼻息が荒い。
そのため、私も一緒に鑑賞させられ、流行に疎い一般人代表として感想を求められるので、いい加減な気持ちの「ながら見」は許されない。
一本約二時間。
三本続けて観れば、それだけで六時間である。
その間にも家事は待ってくれない。
頼むよ娘、母を少し休ませてくれ。
娘の研究熱心さは相当なもので、一度ざっとストーリーを観たあと、二度目は舞台演出や演者さんを細かく研究し始める。
これはもはや「市場調査」ではなく、ただの「ヲタ活」では?
……とはいえ、そんな時の娘の瞳はキラキラと輝き、本当に楽しそうなのだ。
そんなフラフラな夜を過ごし、車を出すと、なんと大通りに面した歯科医院の猫の額ほどしかない駐車場が満車だった。
最悪。
午前中の予約を取ったのは初めてだったので、まさかこんなに混んでいるとは思わなかった。
通行量の多い大通りに面しているため、一瞬でもためらって停車すると、後続車が「止まるなよ」と言わんばかりにクラクションを鳴らす。
ケチ。
予約時間も迫っていた私は、狭いスペースへ頭から逃げ込むように車を入れてしまった。
しかし向きを変える余裕などない。
受付へ行き事情を話すと、「離れた場所に別の駐車場があります」と案内された。
……いや、それにはまず、この大通りへバックで出なければならない。
私の車は直進しかできないのよ!
心の中で叫びながら、駐車場で右往左往していると、受付の女性が外へ出てきて、
「一番手前のお車が今出ますから、そちらへどうぞ。」
と声を掛けてくださった。
セーフである。
……とはいえ、その場所も帰りに出にくい、私が一番苦手な位置だった。
選択肢はない。
たった一人で駐車場との不毛な闘いを繰り広げ、すっかりヘトヘトになって受付へ向かう。
すると今度は、マイナンバーカードのカードリーダーが何度読み込んでもエラー。
「治療後にもう一度お願いします。」
なんで?
私のカードが悪いの?
診察台に横たわる頃には、もうグッタリだった。
助手の女性が心配そうに、
「お顔の色がすぐれませんが、何かお変わりありませんか?」
と声を掛けてくださる。
まさか、
「忍たまで徹夜して、駐車場で格闘して、カードリーダーにも弾かれました。」
などとは言えない。
医師は今日も元気いっぱいで、
「こんにちは!今日は麻酔しますから、ごめんなさいね。ちょっと痛いですよ。」
と笑顔である。
「あぁ、もうどうにでもしてくれ。」
そう思う一方で、
「治療できません。やっぱり抜きましょう。」
なんて言われたらどうしようという不安も頭をよぎる。
「もうチョコレートは一生食べませんから、どうか治せますように。」
神様に、きっと数日後には忘れてしまう誓いを立てる。
そして始まる、あの「キュイーン」という音。
その時だった。
吸引をしていた助手さんのお腹が、
「ぐぅ。」
すると、それに応えるように先生のお腹も、
「ぐぅ〜。」
どうやら診察室には、お腹の虫が二匹いたらしい。
時刻はもうすぐお昼。
先生も助手さんも、お腹が空いていたのだろう。
思わず笑いそうになってしまった。
今日は麻酔までしたのだから、あとは型取りくらいだろうと思っていたら、
「次回、もう一回麻酔して、きれいにしましょうね。」
と医師。
えぇぇ〜っ。
まだ、きれいじゃないわけ?
あぁ無情である。
帰りにもう一度カードリーダーへカードを入れると、今度は何事もなかったかのように、あっさり読み込まれた。
色々あった一日だった。
それでも、昨日書き上げたお礼状だけは、歯科医院の前にあるポストへ忘れずに投函できた。
私、偉い。🤣
帰りも何度もハンドルを切り返しながら、駐車場から脱出しようやく家へたどり着く。
するとヒネムノキが、「今日もお疲れさま。」と言うように、葉っぱを静かに揺らして迎えてくれた。
今日は思い通りにならないことばかりだった。
それでも、小さな約束をひとつ守れた。
そんな日は、それだけで十分合格にしておこう。
