【句集出版】の常識が変わった日—句集は“偉い人だけのもの”じゃなかった
俳句の師への誕生日プレゼントとして、今までKindle本を出版してきた経験を活かして、師の句集を作ったのでした。
出版できた紙書籍を2冊購入して、早速師の元へ駆けつけ誕プレとしてお渡ししました。
師は一言
「凄いね、簡単にできちゃうんだ。有難う、嬉しいよ」
と仰ってくださり、1ページ1ページご覧になられてました。
口元には笑み。
「ちょうどいいサイズで写真も入ってるから飽きないね。有難う…」
師の表情を見て喜んでいただけてる事がわかり、これまた感無量でした。
「しかもこの本、アマゾンで販売されてるんですよ。電子と紙、両方で」
師の驚いた顔。
流通無しの自費出版だと思ったらしい。
「もし売れたらロイヤリティは先生に入りますよ」
「そうなの?驚いちゃうね。すごいね、本当に簡単にできちゃうんだ」
いや、簡単ではないけれども…
師が句集を出したときは100部(200部だったかな?)作って、〇百万はかかったと聞いた。
確かにハードカバー四六版、カバーありの立派な本だった。
でも今は、個人でも臨めばいくらでも自由に出版出来る。
最低発注ロットの縛りもない。
師が提案してくれた。
「句会の人達の中でも、形(句集)に残したいと思ってる人に作ってあげたら?」
え…?
「ただで出してあげるのじゃなくて、アナタの労力を考えながら値段を設定して作ってあげたら?」
「そう思ってる人、いますかね?」
「そりゃいるでしょう。せかっく俳句を作り続けてたら句集を出したいって少しは考えると思うよ。
でも出版の面倒や費用だけじゃなくて、出来た句集を配り切れなくて在庫となって抱える煩わしさを考えると何かと敷居が高いからね」
そうなんだ… 確かに本格的に出すと何かと敷居が高そう。
「ここまでちゃんとした句集作ってくれるなら、声かけてみたら?」
師の提案を頂いて、これまで考えもしなかったが、自分も結構作った俳句が蓄積されているはず。
『まず自分の句集を作ることから始めよう』
と考えました。
俳句手帖を見返して抜粋するところから始めました。
幸い、師の句集を作る時の版型はそのまま使える。
サイズで悪戦苦闘する煩わしさは皆無だ。
自分も同じサイズの四六版で作ろうと決めた。
