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世界に眠る1万6千の黙示録

2025年8月7日。

昨日は広島原爆の日だった。
あの惨禍から、八十年。
三世代が移ろい、記憶は少しずつ、声を失いかけている。
鐘の音は静かに響き、風は何も語らず、
ただ「もう二度と」を胸に刻む一日。

そして今日。
世界は再び動き出す。
祈りの翌日にも、あらゆる欲望と対立と衝動が、
音を立てて日常に戻ってくる。

それでも私は、その静寂の中にあったものを忘れない。

世界に眠る、1万6千の黙示録。
それは“もしも”が起きた瞬間に、都市を、国家を、文明を、無に還すための種。

そのうち、数千は今この瞬間も、即時発射の態勢にある。
人類が自ら滅ぶだけの力を、日常の裏側にそっと忍ばせている現実。

だからこそ「核を廃絶せよ」と叫ぶ声は尊い。
私もその祈りを否定はしない。
だが私は、それだけでは平和は守れないと思っている。

核を巡る世界は、信仰では動かない。
動かしているのは、冷たい計算と、拮抗する恐怖。

皮肉にも、互いが“使えない”と知っているからこそ、
国家は今なお、最悪の戦争を回避している。

核の抑止力は、正義ではない。
理想でもない。
だが現実として、それは唯一機能している平和の均衡装置なのだ。

見たくない現実に蓋をして、ただ「無くせ」と叫ぶのは容易い。
私はそうはしない。

私は数を見る。
沈黙の背後にある数字と、その意味を直視する。
恐れではなく、理解によって。
祈りではなく、思考によって。

願いは、知性と並んで歩くときにだけ、力になる。

―出雲 綾樹


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