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″てんちむ″が好きだった

ハイブランド、すっぴんヘアバンド、タバコ、Uber eats、開けっぴろげな性事情、そして大炎上。

てんちむが私は好きだった。

可愛くて綺麗で、でも無邪気な破天荒さのある彼女。動画内容の何が本当で何が嘘なのか分からなくても、それでも好きだった。

無期限の活動休止をしてから復帰して、あの日常を切り取って出していた動画たちは削除され全て観れなくなっている。
正直、今も好きではある。けれど、本には「てんちむではなく橋本甜歌として生きたい」といった内容が書いてあった。だから、”てんちむが好きだった”ということになる。

とはいえ、呼び方はてんちむにさせてもらう。

正直、今はあまり動画を観ていない。でも、子どもが産まれてママになり、編み物にハマり、店舗を出しているという情報は知っているから嫌いになっているわけではない。なんならインスタをフォローしている。

活動休止する前に出版した本を購入し、積読のうちの一冊になってしまっていたのを最近読み終えた。


サムネの画像版ではなく、限定カバーの方を購入した。

読んでいる途中に感じたのはよくインフルエンサーなどが出している本は要所で大きい文字で書かれた文章が2ページほどを埋めていたり写真を載せていたりするが、それがなかった。

この本はてんちむが書いたというよりはライターの秋カヲリさんがインタビューなどの情報で構成されている。だから信憑性が高く感じる。

一部抜粋して感想を書いていこうと思う。

「お金を使うっていうのは、経験を買うってこと。アマゾン川みたいに特殊な場所に行くのはお金がかかるから、そこでの体験が得られる人は多くないじゃないですか。そういう希少価値のある経験は自己投資の意味で買った方がいいって思ってるんです。」

推される力 推された人間の幸福度 より

金はあっても家賃や水道光熱費に消費されていくだけだと生産性が微塵もない。
買い物をしてQOLを上げるのもいいけれど、経験を買うことは勇気がないと出来ない気がする。私は勉強して何かを学んでも忘れてしまうことが多い。しかし、経験は忘れない。インパクトのある出来事は特に。

経験をして、「もうしなくて良い」と思うか「またしたいな」と思うか「これをしたから次はこれがしたい」と新しい世界への興味が湧くか。
興味のあること、やってみたいことへの投資は別にやらなくて良かったと思ってもやったことに価値があると思う。

ぽつりと「強さをはき違えていたのかも」と言う。
「私が強さだと思って守ってきたものは、強さではなく強がりだったんだと思います。周りの人にてんちむ強いねって言われても、うれしさではなくプレッシャーを感じるようになっていきました。
私は強いと自己暗示をかけた結果、抱え込んでしまったり病んでしまったりして、プラスなことはなかったように思います。
どんなに苦しくてもやり切ることや弱音を吐かないことも強さだと言えるけど、弱さを出せることこそ強さだと思うんです。
そんな自分だったら今ほどの成功はなかったかもしれないけど、もっと楽だったのかな。」

推される力 推された人間の幸福度 より

てんちむとは天と地ほどの差がある私の人生と比較するのは烏滸がましいが、「わかる〜」と思ってしまった。
今までリーダー的ポジションを任されてもなんとなくこなしてきた。しかし、そこで培ってきた能力が一切通じない場所に置かれた時、弱音を吐けなくなっていた。また、弱いと思われてしまうのが怖いと思ってしまうところまできていた。

てんちむは多額の借金を自腹で返金するためにトリプルワークをしていたが、私からすると到底真似できない偉業である。

でも、こういった心境がてんちむにもあったのかと勝手に共感してしまった。確かに「なんでも来い!なんとかなる!」という精神だと動画を観ている限りでは思っていた。
インフルエンサーとはいえ、一人の人間なのだからそうだよな。自業自得といったらそれまでだけど、返金を抱えることになっても自腹で返すという確固たる決意の中には「助けて」が言えない女の子としててんちむは存在していた。
バーレスクでもクラブNanaeでも華やかな衣装を纏って笑顔でいる彼女からは微塵も感じられなかったし、私だったらと想像すればするほどゾッとする。しっかりやり遂げたのも本当にすごい。

この本は30歳を迎える前日、29歳最後の日に出しているわけですが、私の理想やなりたかった30歳とは全然違くて。今に限らず20歳のときも、25歳のときも、私の想像していた未来とは違ったけども、生きることは自分の思い通りや理想通りにいかないことの連続なんですよね。
だって29歳を迎えた私のファンクラブ限定ブログには「ラスト20代は仕事を頑張りたい」って書いてあるんですよ。なのに活動休止してるし。
だから未来を思って動いても、未来の自分の考えていることは変わっていたりもするし、理想通りになるかどうかもわからないからこそ、未来のために今を生きるのではなく、今を頑張って生き抜いて作った未来を迎えるほうが悔いはないよね、なんて思ってます。

推される力 推された人間の幸福度 より

これにはヘドバンするレベルの共感。
中学の頃に思い描いていた人生設計図通りに人生は歩んでいない。
大学を出て、就職して、20代前半には結婚して、半で妊娠出産を理想としていた。全て微塵も掠っていない。そんなもんである。

未来のためにというより小さな目標を立ててそれを達成するためのもっと小さな目標を立てて、みたいな生活を送っている。理想はあくまで理想であって、「30歳って大人だろうし、早くそれくらいになりた〜い」と肘をついて友人と話していた10代の私に謝罪したいと共に、人生そんなトントン拍子でいかないのよと、言いたい。

持っていた価値観が即座に変わることもザラにあるし、「あの頃はああ言っていたけど」ということが幾度もある。「前に言っていたことと違うじゃん」と言われても、「その時はね」で返すなんて意見がコロコロ変わるように聞こえるがこれもそんなもんである。
もちろんまだ変わっていない部分もあるけどね。

人に甘える技を覚えていたら違った道を歩んでいたら、こんなに苦労していなかったのかなと、てんちむとは違う方向で私は考える。
いまだに甘えるの定義もやり方もイマイチ分かっていない。

てんちむのようには波瀾万丈に立ち向かう生き方は出来なくても、同世代として、女性として、似たような悩みがあったのが申し訳なさを持ちつつも嬉しかった。

大人になっても人生設計図を書いたって良い。でも、10代や20代の頃と違ってその設計図を辿れなかった時の空虚な自分を想像したくない。荷が重い。

てんちむの脳内や生活、価値観をのぞかせてもらった気分になりながら読了して本を閉じた。
きっと、これからも悩みは尽きない。それでも、てんちむを応援したいと共に、自分にもエールを送りながら息したいと思った一冊であった。

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