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離島の暮らし【いつの時代?文化の話】後編



前編からの続きです。

小学低学年くらいまでは牛を飼っていて
畑を耕す時にはじいさんが
牛に鋤(すき)をつけて引かせて耕していたんだ

ホイとかヘイショとかワッワッと
牛に命令してました

もう意味が曖昧なんですが
ホイが右に行け、ヘイショが左だったかなぁ
ワッは落ち着け、止まれ

同級生が何かで怒って興奮すると
友達が「ワッ!ワッ!」って肩を抱いてたなあ
「俺は牛じゃねえ!」ってまた怒るw

島の人が牛を操るときに言ってたので
共通の牛語?だったんだろう
何かで?誰かが?やったのが始めなのかな

江戸時代とかに?
はわからない
祖父さんが生きてる時に聞いとけばよかった


稲の脱穀に使う
木製のドラムに
針金の曲がったものが付いていて
足で踏む(足踏み脱穀機)もあったが
これはさすがに
使っているところは見たことない

ただ籾がらを外したあとの玄米といらないもの
(カラ?カス?なんて書いていいかわからない)
を手動でハンドルを回して風をおこし
飛ばす唐箕(とうみ)と呼ばれる装置?機械?
はまだ使われていた

あずきの殻と実を分ける時には
風がやや強い日に
殻を外したあとに竹で編んだカゴに入れ
自分の頭くらいの高さから下に落として
残りのカスやクズを飛ばし
あずきだけがムシロに落ちるというやり方で分けていた

隣のおばさんが自分ちの前の浜に近い道路で
よくやってたなあ

少量だからそれで良かったが
商売にはならないだろうな

大豆の脱穀も木材に竹を2本挿した道具で
その2本竹の間に大豆を枝ごと挟んで引いて
殻付きの実を取る

殻を外す時も棒の先についた
金属の熊手みたいなやつを
クルクル回して叩いて殻から大豆を
出すという、人力でやっていた
(イメージ湧かないよね)

時期になるとそこらじゅうでやっている
私も小学生の時に
枝から大豆外す作業を手伝っていたが
すぐ飽きる、そしてどこかに遊びに行っていた

ドライブやお茶などの折りに
こんな話を奥さんに聞かせると
「あんた絶対時代間違えてる
本当は何年生まれ?いくつ?」と
聞いてくる
話を嘘とかネタとかは思っていないが
(受け入れられない)といった反応だ

たぶん明治や大正生まれが話さない限り
話を受け入れてくれないだろうが
うちのオフクロも昭和生まれだ


これを読んだ人もたぶん
相当な年齢か
ネタだろうと思っていることだと
想像しますw

私はある程度の年ですが
まだ老人じゃないですよ

本当の事で
ドキュメンタリーなんですよw

長くなったのでここら辺で

だいぶ記憶も曖昧になっているので
思い出したらまた書きますね

お付き合いいただきまして
ありがとうございました。

ねこターボ🐈

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