読書感想文『Thisコミュニケーション』
仕事の悩みの大半は、「伝達」にあると思う。メールだと感情が読めないから冷たい印象を与え、電話や口頭だと記録が残らないから後で言った言わないが発生する。人間が皆ニュータイプに覚醒すればそういう不備はなくなるのかもしれないが、それはそれとして思ったことが筒抜けになれば、私は職場の全員と殴り合いの喧嘩に発展するだろう。
そうした悩みに利く、かはわからないが、少なくとも人間という愚かで不自由でまどろっこしい生命体のことを好きになれるかもしれない、そんな漫画をご紹介したい。ちなみに、結構な頻度で人が死んだり首が飛んだりするが、読み終わった後の爽やかな余韻だけは約束するので、どうかついてきてほしい。
20世紀後半に突如として現れた謎の生命体「イペリット」によって住処を奪われた人類は、彼らが放出するガスから逃れるように高地に拠点を構えるようになっていた。長野県の雪山に隠されていたその拠点を、デルウハという男が訪れる。デルウハが探し当てたこの拠点は「研究所」と呼ばれており、そこにはイペリットと闘うために改造を施されたハントレスという6人の少女がいる。デルウハは唯一の楽しみである「食事」を守るため、ハントレスを導く軍師として研究所の所長と契約を交わすのだった。
ここだけ取り出すと、『進撃の巨人』のように、理不尽に奪われた人類の領地を奪還、解放する物語を彷彿とさせる。ところが、本作のキモはある特殊なループものの要素を孕んでいるところにある。ハントレスの少女たちは不死身の身体を持っているが、正確にはそれは死の一時間前の状態への再生というものだった。そして不運(?)なことに、デルウハは軍属の頃より、味方殺しの疑いをかけられ“モンテローザの悪魔”と呼ばれるほどの、極度な合理主義の人間だったのだ。
怪力!不死身!な少女達のところへ、とても合理的な男が来る話 1/17 pic.twitter.com/tBsGEQxCv0
— 六内円栄 (@rokudaimaruei) June 27, 2020
ハントレスの6人の少女は、その不死身性と人間離れした怪力を持つ強力な兵器ではあるが、それぞれの性格の違いや成果に対するモチベーションがバラバラで、そもそもチームワークなどもってのほか。当然、こちらの指示には従わないし、単独行動や仲違いなどは日常茶飯事だ。そんな彼女たちを統率するためにはどうするか。デルウハはそこに「殺人」というソリューションを持ち込むのである。
一度死んだハントレスは、死の1時間前の状態に戻る。裏を返せば、殺しさえすれば死ぬまでの1時間の記憶が残らない彼女たちが出来上がるのだ。デルウハはこの状況を活かし、ハントレスをまとめ上げてゆく。自分にとって都合の悪い情報を知った者を殺し、8時間をかけて復活した少女たちに嘘をついて、不利な状況そのものを無かったことにしてしまう。いわば、直近一時間の記憶を操作することの出来る、とっても都合のいい兵士が6人も手に入ったわけだ。
デルウハは容赦なく彼女たちを殺し、育て上げ、また殺しを繰り返し、理想の兵士を揃えていく。殺人という非道な行いを「手段」と捉える男が、明日の飯のために異形の化物を殺し回るという、倫理をどこかに置き忘れたまま走り続ける物語が、『Thisコミュニケーション』なのだ。
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ジャンプSQ.で連載中の『Thisコミュニケーション』や過去の読切作品など、紹介していきたいと思います。
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ハントレスの6人の少女たちも、それぞれ名前と意思を持つ、一人の人間であることは変わりはない。しかし彼女たちは最前線で化物と戦って傷つき、それでもなおイカれた上司の弱みを握った瞬間に問答無用で首を飛ばされる、人権無視のミルフィーユみたいな状況で働かされている。だが、その非人道的なシステムによって、本作の面白さは保たれているのだ。
死の直前の記憶を持たずして復活する彼女たちは、デルウハの好きなタイミングでセーブポイントを設けられた状態となり、時にそれが強敵を突破する糸口になったり、不死身そのものを利用して強大な敵に立ち向かったりしていく。一方のデルウハは、消したい事象(記憶)が発生してから一時間以内に対象者を殺害せねばならず、そして自分が日常的にハントレスを殺していることを知られるわけにはいかないという縛りの中で、圧倒的な思考力と常に損得を重視する合理主義をもって、躊躇なく少女たちに斧や銃口を突きつけていく。そのドライで容赦の無さが、作品に緊張感をもたらしてゆく。
ハッキリと言い切ってしまえば、この物語は6人の少女と読者の全員がデルウハという殺人鬼に絆されていく漫画であるといえる。実際、デルウハという人物は、とても魅力的なのだ。判断が早く合理的で、どんな危機的状況でもくぐり抜けてしまう頼りがいと、実行力がある。会社で例えるのなら、デルウハはハントレスという部下を束ねる管理職であり、同時に自身もそこそこに闘えるプレイヤーとしての資質を併せ持った人材だからだ。目的達成までの過程が血生臭すぎるという短所こそあれ、人類滅亡の危機に瀕した状況で、これだけ重宝すべき人間はいないだろう。
デルウハは再三書いてきた通り、倫理観が欠如した殺人鬼である。と同時に、彼はコミュニケーションの重要性であったり、「信頼」を築くことの大切さを作中の誰よりも理解しており、それを実践しているに過ぎない。そのために、どんなに非合理な内容でも部下の言葉を一旦は傾聴し、その上で適切なソリューションや持論を上手く言語化する能力に長けている。すぐに「殺人」という手段が頭をよぎるのが玉に瑕なだけで、デルウハとは有能すぎるビジネスマンであり、若き少女たちと読者は、そこに惚れ込んでいってしまうのだ。
とはいえそんなデルウハにも予想外の状況が降り掛かってくることがあり、というか全体を見渡せば彼はジョン・マクレーンくらい運が悪いので、周りのアホどものせいで計画が狂ったり、宝くじに当たるレベルの偶然が起きて隠し事が露見したりする。そうした困難をどうくぐり抜けてゆくのかを、彼のモノローグに手を叩いて笑いながら見守る羽目になるのだ。意外にもこの男、頭の中はかなりお茶目で憎めない。
記憶の継承にルールを設けたことで生じるループものには、作劇上にも旨味が染み出している。例えば本作、思いつく限りの最悪な状況であるところの「デルウハが自分の都合が悪くなるとハントレスを自ら殺していることが露見する」が、わりと序盤に発生するのである。通しで読んでいくと、そんな重要イベントがもう!?と思うのだが、ハントレスは死の1時間前の状態で復元されるという構造のため、一度切り抜けてしまいさえすれば関係性は元通りで、そのシチュエーションを後で使い回せるのである。
つまり、最悪の状況とやらが何度も何度もデルウハに降りかかり、それをどう切り抜けるかを一段落として、本作は全12巻の間、ほとんど休みなしでイベントが地続きで進行していく。一つの盛り上がりが終わったら、即座に次のトラブルが生えてくる。衝撃的な事実の開示、デルウハのしでかしたミス、新たなキャラクターや勢力の登場により、本作は息継ぎの暇さえ与えられず、ほぼノンストップで進んでゆく。さぞ月刊連載をリアルタイムで追っていくのは、翌月が待ち遠しかったことだろう。
そうした作劇ゆえ、やはりデルウハの突破力や、積み重ねられていったロジックこそが肝要の作品で、文字数はどんどん増えていくし、デルウハに惹かれていってしまうのは、避けられないだろう。通常の人間であれば過労死するレベルでトラブルが舞い込んでくる中、持ち前の頭脳と適切な人員配置で乗り切っていく様は爽快であり、どうしても本作を語るとデルウハを称賛する文章になってしまう。
※以下、終盤の展開のネタバレが含まれる。
そうした倫理と死の狭間で闘い続けてきた男の最期が、一人で食すパンとサラミで終わっていくところが、美しい。ピカレスクの極みに上り詰めた男が、相棒とも言うべき斧の刃を自ら首に突き立てる。死ぬまでに一食でも多く食べるために生き延びてきた彼の願いは果たされ、悪魔は孤独にこの世を去っていく。
はずだったのだが、外宇宙に引きずり込まれたハントレスたちは見事生還を果たし、デルウハの元へ戻ってきた。これも、デルウハの与えた教養が彼女たちの血肉となっていた何よりの証拠であり、許されざる殺人鬼でありながらハントレスにとっては「父親」であったことを示している。デルウハが彼女たちを思い通りに運ぶ駒とするために得た信頼が、巡り巡って悪魔を孤独死させなかった。
ハントレスたちは、デルウハに応えたいという思いで、成長してきた。都合が悪くなれば容赦なく自分たちを殺してくる男は、それと同じくらい自分たちを必要としてくれている。故郷である研究所を失い、生まれた星すらも一度は奪われた彼女たちが、最後の最後に求めた居場所こそ、デルウハの元だったのだ。
デルウハは当然、ピカレスクなのだから破滅して終わる。だがそれは、最後の最後まで生き延びたが故の死であり、彼の遺したものはハントレスたちの中に生き続け、やがてそれは世界を救ってゆく。彼女たちを扇動するための方便だったそれは、現実のものとなったのだ。それは言ってしまえば言葉の「すれ違い」のようなものなのだけれど、その結末を描く作品のタイトルが『Thisコミュニケーション』なのだから、感動は段違いだ。
言葉や行動は、時に受け手の解釈によって送り手の想像を超える効果をもたらすことがある。それは仕事の上ではトラブルになることもあれば、世界を救うこともある。愛も情も合理では測れないところにあって、それでいてもっとも強く人を動かす原動力になるのだ。デルウハ最大の誤算は、自分の胃袋と心を満たすための闘いが、あまねく人類を救う種となったことで、今日も娘たちは未来への種撒きをしている。
やがて取り戻した土地では小麦が実り、それがパンとなり、多くの人の命を繋いでいくのだろう。その光景を地獄から眺め、男は何と言うだろうか。腹が減った、とでも笑うのかもしれない。
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