できないんじゃない!そう扱われてる だけ―私が見たB型就労支援施設の現実
支援って、なんだろう。
助けてくれること? 導いてくれること?
それともただ「そこに居させてくれる」こと?
私はB型就労支援施設に通っていた。 名前だけ見れば、
「障害のある人が安心して働ける場所」だと、思うでしょう?
だけど、そこで私が見たのは支援とは言えない、静かな放置だった。
私が泣いていても、誰も声をかけなかった。
後になって、市役所の人は言った。「見守っていました」と。
でも、泣いてる人を黙って見てるだけって、支援なの?
私には、それがネグレクトにしか思えなかった。
ある日、ひとりの利用者さんが、
子どもの塗り絵をやらされていた。
何も説明されないまま、
「これをやっていてください」と
渡されたらしい。
子ども扱いはしてはいけないはずなのに、
それはまるで「あなたには何もできない」と
言われているようだった。
その方は、休憩時間もずっと一人きり。
誰とも話さず、ぽつんと座っていた。
私は少しずつ一緒に作業をした。 ちょっとずつ会話をした。
そうしていくうちに、その方は休憩時間に自分から
輪の中に入れるようになった。
人って、関わり方ひとつで変われるんだなと思った。
でも、職員は何もしていなかった。
本来、それは職員がやるべきことじゃないの?
教え方で作業はできた。 だからこそ、私は思う。
「できない」んじゃない、「支援されていない」だけなんだ、と。
そして、その施設は人員配置基準すら守られていなかった。
制度の中身が、支援の中身と、ちゃんと結びついていない。
職員のスキル不足だけじゃない。
制度の運用そのものが、人を孤立させてしまうことがある。
ただ居場所があるだけでいい? 本当にそれでいいの?
私は違うと思う。 「支援」とは、ただ見ていることではない。
「支援」とは、その人が社会に向かって一歩を踏み出すのを、
一緒に考え、一緒に寄り添うことじゃないかと、私は思う。
私がその方にしたことは、特別なことじゃない。
人として自然な関わりだった。
それすらもないまま、「支援です」と言い切ってしまう
制度には、 やっぱり、疑問しか感じない。
支援とは何でしょうか。
ただ「そこにいること」を見守るだけでいいのでしょうか。
もしあなたが、泣いている人を見かけたら――
声をかけますか?手を差し伸べますか?
私たちに必要なのは、制度の形ではなく、
人と人の心のつながりだと思うのです。
だからこそ、どうか考えてほしい。
障害者への支援とは、本当は何なのか?
拙文をここまで読んで頂き有り難う御座いました
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