桜がまだ無いお花見なのに、最高だった理由
朝から社内はピーンと張り詰めた雰囲気だった。
いつも通りの時間に出社し、ガラス越しの社長室を見た。
いつもだったらすぐにドアをノックして社長に挨拶をするのだが、今日は所長や係長などが集まって何かを話し合っていたので、一旦、様子を見ることにした。
社長の胸ポケットの携帯電話が鳴る。
薄いガラス戸一枚だから、大きな社長の声はこちらに筒抜けだった。
「はい、あーそーなんですね。分かりました。ありがとうございます。」
電話が終わり、またみんなが顔を近づけて話し合う。
やがて笑い声が聞こえてきた。
どうやら話がひと段落したようだ。
その会話の内容は朝礼の説明で判明した。
今日は全従業員で花見をする日になっていたが、
屋根からボタボタと雨だれが落ちてきて、砂利道に雨が吸い込まれていた。
花見を企画した懇親会のメンバーが花見をする予定の現地に行き、そこから社長に連絡が入ったという訳だ。
花見は工場ですることに決まった。
私たち本社の人間は、8:00から通常の仕事をし11:30に仕事を終わらせ、徒歩で工場に行くことになった。
遠方の営業所の方々は一旦、本社にお見えになり社長に挨拶をし、工場に向かった。
朝からの雨はその内やみ、工場に向かう頃には晴れ上がっていた。もしかして現地集合に変更されるのかと思ったが、朝からの雨で地面が濡れていてやはり無理だということを知った。
のんびり歩いても10分もしないところに工場がある。
大きな製品を作ることもある作業場は、全従業員が集まっても余裕の広さがある。
「率先垂範」と大きく書かれた文字が見えた。
会場となる作業場Aにはまだ準備中で入れなかった。
隣の作業場Bに皆さんが集まり、ワイワイガヤガヤと話が弾んでいた。
やがて「お待たせしました。どうぞ、お入りください。」という声で、ぞろぞろとまるで象の行進のように隣の作業場へ向かった。
50人近くが円陣を組み花見弁当を食べる。花見と言ったらブルーシートだ。
床にはメンディングテープで引っかからないように綺麗にブルーシートが貼られていた。
作業場の床はセメントである。
ということは、シートに座るとヒヤリとするだろうな。
まだ肌寒い4月上旬だ。
冷たいのは嫌だなと私は思った。
しかし、予想に反して足の裏やひざを折った時の感覚は冷たくなかった。
シートの端を見てみると、床とシートの間に毛布が敷かれていた。
取り付け現場で使う毛布が敷き詰められていたのだ。
この気配りには感心した。
さすがだと思った。
ブルーシートには既に円の配列でお弁当が置かれていた。

社長の座から遠いところからどんどん席が埋まって行った。
私は同僚のK子さんと一緒に入口付近に運よく席を取ることができた。
やがて開始時刻の12:00になった。
乾杯の音頭で会場内が湧いた。
そして待ちに待ったお花見弁当の蓋を開けた。

なんとも美味しそうなお弁当だ。
二段重ねになっていて、下の重は牛肉が敷き詰められたご飯、上の重には煮物や酢の物、お団子などが入っていた。

柔らかい牛肉には味がしみ込んでいてその上にたれをかけていただいた。
添えられたかぼちゃが予想以上に味がしっかりついていて美味しかった。
黄色い蝶々はなんと、栗だった。このカタチを保つには栗1個で一つか二つしか作れなかったろうと思うと、何と贅沢な品なのだろうと思う。

甘いお団子をいただいた。丁度良い大きさで良かった。
二種類の酢の物はさっぱりしてありがたかった。
皆さん、30分もしない内に完食した。

その後、用意されたおつまみと飲料で歓談をした。
車を運転して帰る人はノンアルコールの飲料を飲んでいた。
社長の隣に座られた数名は、家の方が迎えに来てくださるとのことで、社長と一緒に大いにお酒を飲まれていた。
ひと通り食べ終わったがまだ、花見の会は終わりそうもなかったので、K子さんと一緒に会場の外に出てみた。
「こっちの方があったかいね。」
K子さんが言った。
外はおひさまの光でぽかぽかだった。
私たちは普段、見ることもない、作業場を見て回った。
いろいろな工具や作業機材が整理整頓されて置かれていた。
私が入社した当時、少し見せていただいた頃に比べたらその整理のされ方は雲泥の差だった。
全ての場所に、工具や機材の名前が壁に貼ってあった。
2つの細長いスコップが向き合っている道具があった。
これって何だろう?
以前、工場長をされたことがある営業のCさんが近くで煙草を吸われていたので聞いてみた。
するとそれは、人力で穴を掘る道具なのだそうだ。
ポールや杭などを立てるための、縦穴を掘る下穴掘り作業に使うのだそうだ。
ジェスチャーたっぷりで使い方を教えて下さった。
写真を撮っておけば良かったと、今、これを書いている時に思った。
その後、「じゃぁ、これは何?」とCさんにお聞きしたら、大きなお腹を撫でながら
「これはね」とにっこりしながら、詳しく説明をしてくださった。
その後もCさんの誘導と説明で全ての作業場を見て回った。
思いも寄らない「職場説明会」になった。
何でも知っているCさんは凄いと思った。
先日の永年勤続従業員表彰式で、勤続50年で表彰されただけある。
生き字引のような方だと思った。
見たこともない工具をたくさん見ることができ私たちは満足だった。
使ったものは所定の位置にしまう。
簡単なようでそれを守るのは難しい。
それを守っている皆さんは仕事に誇りを持っているのが分かる。
ウチの会社は職人の集団だと改めて感じた。
ひと通り見て回って私たちはまたブルーシートのところへ戻った。
その後、懇親会の方によるお楽しみ会が行われ、しばしの歓談のあと、一本締めで花見会は終了した。
ゴミを集め、ペットボトルと缶は別々の袋に入れ、余った飲み物やお菓子は銘々が持ち帰った。
帰る時際、更にお土産を渡された。
お団子とチョコのロールケーキだった。


まだ桜の花はその姿を見せていないが、
職人魂を垣間見ることができた、
有意義なお花見会だった。
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