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いつもは優柔不断な私が、玄関先で断った話

「お昼、何食べようかな」
冷蔵庫の残り物を頭の中で並べていた頃、玄関のチャイムが鳴った。
時計を見ると、昼まであと30分ほど。


私は一瞬、息をひそめた。
このまま居留守を使おうか、という気持ちが、ふっと胸をよぎる。
しかし、几帳面な長女が、二階のドアホンで対応した。

「同じ高校だった佐藤(仮名)と言いますが、△△さんいらっしゃいますか」

ああ、私だ。

観念して階段を下りる途中で、マスクをしていないことに気がついたが、すぐ終わらせるからと自分に言った。
私は玄関のドアをゆっくりと開けた。

外の空気は少し湿っていて、肌寒かった。
彼女はB6位の紙片を握っていた。
私がマスクをしていないのを見ると、彼女は自分のマスクを顎まで下ろした。
まんざら、悪い人ではなさそう。

話を聞くと彼女は私より2~3歳上だという。
ひと学年が300人以上いたから、よほど目立った人でないと覚えていない。
もし、3歳上だったら、全く接点がないじゃないか。
同じ女学校だと言うから、とりあえず笑顔を返したものの、
「佐藤(仮名)」なんて、珍しくはない苗字だ。
頭の片隅で、「こういう訪問の仕方、どこかで聞いたことがあるな」とぼんやり思った。

少しふくよかな彼女の話は、
亡くなったご両親の供養をすると幸せになれる、
と話し始めた。

彼女は語りながら、紙片をこちらへ向けた。
私はそれを受け取りちらりと見た。
そこには漢字ばかり書いていて、一見して何が書かれているのか分からなかった。
経文なのか、説明なのか。
もしかしたら呪文かもしれない。

私は彼女の話を早めにお断りした。

それは今朝、自分の食事をトレーに乗せて仏壇のところに置き、お水を替え、鉦を3つ鳴らしたばかりだったからだ。

並んでいる位牌を眺めながら心の中で話をした。
そして、下げた食事は残さず全部、自分でいただいた。
それが私なりの「供養」だ。
大切なのは、高価な何かではなく、忘れないことなのだと思っている。


また彼女は、「供養したら幸せになれる」と言った。
多分その言葉は、「今、幸せではない」と感じている人へ向けられている。
あいにく、私は今、しあわせなのだ。
あれができたらなとか、こうなったらなとかの願望はたくさんある。
叶えていないものはたくさんある。
それでも、「幸せですか?」と聞かれたら、
私は今、幸せなのだ。


供養もしているし、幸せだから、彼女の話を聞く必要はない。
だから、「いらないです」と伝えた。
しかし彼女はすぐには引き下がらなかった。
いつもは優柔不断な私だが、これに関しては、譲れない。

私は心を鬼にしながら、満面の笑みを返し、毅然とした態度でお断りをした。

玄関先には、少し気まずい沈黙が流れた。
私はお腹に力を入れて立っていた。

やがて彼女は、小さく会釈をして車へ戻っていった。

彼女が車に戻っていく姿を見て、私はすぐに玄関のドアを閉め、いつも通りに鍵をかけた。
大事なお客様だったら、車が見えなくなるまで見送っている。
でも今回は、それをしなかった。

彼女はそれが仕事なのかもしれない。
可哀そうなことをしたと思うが、今の私には不要なことだ。

あのとき玄関先で守りたかったのは、自分の暮らしの静けさだったのかもしれない。


台所へ戻ると、炊飯器の保温ランプが赤く灯っていた。
さて、お昼は何を食べようか。
そんなことを考えている私は、たぶん今日もしあわせなのだと思う。





いつもは優柔不断な私が、玄関先で断った話

毎日note連続投稿2592日目
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。


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