暮らしの正解は変わっていく
私は、指定の駐車場に自分の車を停め、昼を過ごす。
車のエンジンを切ると、
窓から初夏の風がすっと入り込んでくる。
葉の匂いを含んだやわらかな風だ。
ほんの短い時間だが、その風に包まれると、
午前中の疲れが少しだけほどける。
しかし、それは一瞬だけだった。
隣には大型トラックが何台も停まっていて、
エンジンはかかったままだ。
運転席には人影がない。
きっと後ろで横になり、束の間の休息をとっているのだろう。
私と同じで、休憩室のない仕事なのかもしれないと思うと、
その姿を責める気にはなれない。
その日の風の向きによっては、
排気ガスがこちらに向かって来る。
そんな時は、残念だけれど、ウインドウを閉める。
おにぎりをほおばる。
麦茶がのどを通る。
でも、せっかくのお昼なのに、どこか味まで薄くなったような気がする。
トラックは、私の休憩時間が終わっても
アイドリングが続いていた。
一時間近くエンジンを掛けっぱなしにするなんて、
燃料代がもったいないと思ってしまう。
昔に比べてガソリンは随分高くなった。
もしも自分の車だったら、
私にはなかなかできないことだ。
エアコンが必要な季節は仕方ないが、
しかし、窓から爽やかな風が入って来る季節くらいは、
エンジンを休ませてもいいのではないか。
そんなことを考えながら車を降りた。
そういえば最近は、信号で止まるたびに
エンジンが静かに止まる車が増えた。
環境への配慮なのか、安全性を考えた仕組みなのか。
以前、会社の車で何度か運転したことがあるが、
私は少し落ち着かなかった。
便利さも、慣れるまでには時間がいるものだ。
そんなことを思っていた矢先、
我が家のオーブンレンジが動かなくなった。
数日前から調子は悪かった。
電源が入ったり入らなかったり。
それでも、だましだまし使っていた。
そのオーブンレンジは長女が社会人になった時に購入した物だった。
数年後、退職と同時に家に持ち帰ったものだった。
当時の我が家には既にオーブンレンジがあった。
娘のそれは、当時使っていた物より大きく、
レンジの場所には収まり切れなかったので、
普段は仏間の隅に置いていた。
ケーキを焼く日だけ台所へ運び、また元の場所へ戻す。
専業農家の両親、会社員の夫と私、3人の娘たち。
七人で暮らしていたあのころは、
毎日が当たり前のようににぎやかだった。
それから年月が流れた。
父を見送り、母はアルツハイマー型認知症になった。
家族みんなで十年介護を続け、母も静かに人生を終えた。
ようやく五人の暮らしが始まると思った矢先、
今度は夫が突然亡くなった。
そして悲しむ間もなく、家が壊れ始め、
夜中にネズミが走るようになった。
私は新しい家を建てる決断をし、翌年、今の家ができ、
私と娘たちの、4人家族で再スタートした。
新居は旧宅よりコンパクトだ。
だからこれまで使っていたオーブンレンジを業者に処分してもらい、
長女のオーブンレンジを使うことにした。
使っている時に、長女から言われた。
「使い終わるたびにコンセントを抜いてね」
その言葉に私はちょっとした違和感を抱いた。
それまでオーブンレンジのコンセントはつけっぱなしだったから。
テレビも洗濯機も。
それほど待機電力は使わないと漠然と思っていたから。
でも、元持ち主の娘が言うのだからそれに従った。
私たちは使い終わるたびに、コンセントを抜いていた。
時々抜き忘れると娘に注意された。
そんなふうに長年使ってきたオーブンレンジも、
とうとう役目を終えることになった。
買い替える前に、ふと思った。
毎回コンセントを抜くのは、本当に正しかったのだろうか。
調べてみると、最近のオーブンレンジは待機電力も少なく、
むしろコンセントは差したまま使うことを前提に作られているものが多いという。
娘が買ったころとは、時代も技術も変わっていたのだ。
駐車場でアイドリングを続けるトラック。
信号で静かに止まるエンジン。
オーブンレンジのコンセント。
どれも、それぞれの人が「これがいい」と思って選んだ行動なのだろう。
暮らしの中の正解は、一つではない。
しかも、その正解は時代とともに少しずつ姿を変えていく。
だから時々私は、「これでいい」と思っていることに、
「本当にそう?」と思ってしまう。
暮らしの正解は変わっていく
毎日note連続投稿2612日目
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。
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