【つながる旅行記#398】福知山城で初めて知った、『転用石』の存在 【京都】
前回は室蘭のトッカリショにて危ない思いをしつつ、長かった北海道滞在を終えて仕事の日々に戻った。
本当に北海道は自分にとって思い出深い土地になったなと実感しつつ、
現在自分はどこにいるのかというと……?


そう、『福知山』である!!
「いやどこだよ」と思った方も日本に数名くらいは存在することだろう。
(実際自分は何があるかまったく知らない)
そう、福知山市は………なんて説明すれば良いんだろう?
天橋立の南にあって?
兵庫と接してて?
それでいて海のない……
まあとにかく、下の画像の位置にある市である!!


いやもう今回は本当になんの情報も仕入れていないのだ。
まあ目的地をガッチリ決めていた北海道旅のあとなので、こんなゆるい感じでもいいんじゃないかなと。
そもそも予定をあらかじめガチガチに組もうとなんてしたら、それが面倒で旅行をやめるのが自分なのだ。
インフラが整った日本、旅は気楽なものでいい……!(一部田舎は除く)
今回は福知山との自然な出会いを期待しよう。


……おや、なにやら城が見えたぞ。
予定の決まっていない自分としては、これはもう向かうしかあるまい。
ちなみに移動に関しては相棒の折りたたみ自転車を持ってきているので、基本どこでもいける。
本当に買ってよかったよ……!


凝ったデザインの歩道橋を渡って、城の方へと向かう。


なんだか満身創痍な看板を発見したわけだが、こちらの城の名前は福知山城というらしい。
自分の貧弱な戦国データベースの中には福知山城のデータは存在しなかったので、この機会にしっかりと学んでいこう。







それでは天守に向かうべく、坂を登っていこう。
登れば登るだけ良い景色が見られる……!



歩いていると、なにやら隅の方に墓石のようなものがいっぱい置いてあるのを発見した。
な、なんですかこれは……?

近くの解説板を読むと、これは『転用石』というらしい。
どうやら本当に墓石だったようで、福知山城の石垣にはこれらがふんだんに使われているとのこと。(五輪塔、宝篋印塔など)
そしてこの福知山城を築城したのは、あの明智光秀だそうだ。
この城は中国攻めの途中で光秀が改修した城なのだが、周囲には石垣に使う大量の石材が存在しなかったうえに築城を急いでいた状況だったため、周辺の寺社を潰して墓石を利用することにしたという。
「そ、そんなことが許されるんですか……!?」と思ってしまうわけだが、まあ戦国時代に起きたことなので現代人の常識では語れない。
なお、こんな感じで墓石や石仏を転用している例は他にもあるようで、安土城なんかは大手道の石畳に石仏や墓石が使用されているという。
「転用石は呪術的に城を守護するために使っているんだよ☺️」なんて説も世の中にはあるそうだが、土足で踏むような場所に使っている例を見ると、それはどうなんだろう……?
(仏を踏みつけるという行為には後の時代の踏み絵を連想してしまう自分がいる)
何かの拍子にタイムスリップした方は、ぜひとも織田信長に真相を聞いてみてほしいところだ。



というわけでこちらが福知山城の天守閣である。
さてさて、転用石はどこにあるかな……!?

いやめっちゃガッツリ使われてる!?
話では500個ほど使っていたらしいので、この絵面も納得である。
これは……目立つね!!

それではいよいよ天守閣の中に入ってみるとしよう。
やはり旅行したら高い場所に登らないと!
まさかいきなりこんな特徴的な城に出会えるとは思わなかった福知山観光。
果たして天守の中はどうなっているのか……!?
次回へ続く!!
いいなと思ったら応援しよう!
サポートには感謝のコメントをお返しします!