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ネッシー ―― 世界一有名なあの写真が、おもちゃの潜水艦だった問題

未確認生物の王様、と言えば、やっぱりこいつなんですよ。
ネッシー。
スコットランドのネス湖にいるとされる、あの怪物です。みなさんの頭の中にも、たぶん一枚、画が浮かんでるんですよ。暗い湖面から、にゅっと突き出した、長い首。恐竜みたいなシルエット。
あれですよ。あの一枚。
実はあの写真、世界一有名なUMA写真でありながら――正体が、わりと情けないんですよ。
今日は、その王様の化けの皮を、ていねいに剥がしていく話なんですよ。じゃあ、始めましょうか。

第一章「あの一枚が、世界を変えたんですよ」

話は一九三四年にさかのぼるんですよ。
その年、イギリスの『デイリー・メール』紙に、一枚の写真が載るんですよ。暗い水面に、すっと立った長い首。例の、あれです。撮影したとされるのは、ロンドンの医師、ロバート・ケネス・ウィルソンさん。
この「医師が撮った」という事実が、効いたんですよ。「ただの酔っぱらいの見間違いじゃない、お医者様が撮ったんだ」と。一気に信用がついた。この写真は「外科医の写真」という通称で、世界中に広まっていくんですよ。
……ところがですね。あとで効いてくるんですけど、このウィルソンさん、外科医ですらないんですよ。実際は、産婦人科のお医者さんなんですよ。
何ですか、その出落ちみたいな通称は。
ともあれ、長い首のシルエットは、見た人にこう思わせたんですよ。「これは、恐竜の生き残りだ」と。海にいたはずの首長竜、プレシオサウルス。あれがネス湖に残っているんじゃないか、と。ロマンですよ。誰だってちょっとワクワクするんですよ。
こうしてネッシーは、UMAの王様の座に就くんですよ。たった一枚の写真で。

第二章「なぜ一九三三年に、急に現れたのか」

で、ここでひとつ、引っかかることがあるんですよ。
ネス湖の怪物の話、いつからあるのか。
いちばん古い記録は、なんと西暦五六五年までさかのぼる、とされているんですよ。アイルランドから来た聖人コルンバが、ネス川で人を襲おうとした「水の怪物」を追い払った、という伝記が残っているんですよ。一五〇〇年前ですよ。
本当ですかね。まあ、これは聖人の奇跡を語るためのお話なので、そのまま真に受けるわけにはいかないんですけど。
ただ、不思議なのは、そこからなんですよ。一五〇〇年前に記録があるのに、そのあと、目撃談はぱったり静かになるんですよ。怪物、どこ行ったんですか。
それが急に、どっと増えるのが、一九三三年なんですよ。
理由ははっきりしていて、この年、ネス湖のほとりに、ちゃんとした道路が整備されたんですよ。湖がよく見えるようになった。車で通る人がうんと増えた。すると、どうなるか。「見た」という人が、一気に増えるんですよ。
同じ一九三三年の五月、湖畔でホテルを営むマッケイ夫人の目撃談が地元紙に載って、その時、記者が湖の主を「モンスター(怪物)」と書いたんですよ。ここから「ネス湖の怪物」、愛称ネッシーが、本格的に走り出すんですよ。
そしてですね。この騒ぎ、映画『キングコング』がスコットランドで公開された、わずか四日後の出来事だったんですよ。あの映画、恐竜みたいな巨大生物がわんさか暴れるやつですよ。
人々の頭に「巨大な太古の生き物」のイメージが、ばっちり刷り込まれた直後。そのタイミングで、湖が、よく見えるようになった。
……なんか、こう、舞台が整いすぎてるんですよ。

第三章「ここで、冷静に言いましょう」

さあ、あの「外科医の写真」に戻るんですよ。種明かしの時間です。
これがですね。後年、関係者本人たちの口から、まるごと崩れるんですよ。
ことの発端は、マーマデューク・ウェザレルという、大物狙いのハンターなんですよ。この人、実は『デイリー・メール』に雇われた、ネッシー調査隊の隊長だったんですよ。鳴り物入りで湖にやってきた。
で、彼は湖畔で「ネッシーの足跡を発見した!」と、堂々と発表するんですよ。ところが調べてみたら、その足跡、カバの足で押したものだったんですよ。傘立てにしていたカバの足、それでペタペタやった跡。
当然、世間に大笑いされるんですよ。隊長、面目まる潰れですよ。
で、ここからが、実に人間くさいんですけど。彼は、根に持つんですよ。
「だったら、本物っぽい証拠をこしらえて、見返してやる」と。
そうして作られたのが、あの写真なんですよ。中身はというと――おもちゃの潜水艦。それに、粘土で作った三十センチほどの首をくっつけた、模型なんですよ。
おもちゃ!?
世界一有名なUMAの王様、その正体、おもちゃの潜水艦ですよ。模型を作ったのは、ウェザレルの義理の息子のスパーリングさん。そして、自分たちが撮ったと言うと怪しまれるので、知り合いの医師ウィルソンさんの「お医者様」という肩書きを借りて、『デイリー・メール』に投稿したんですよ。
最初は、エイプリルフールの軽いいたずらのつもりだったらしいんですよ。ところが、世界的な大騒ぎになってしまって、引くに引けなくなった。
そのまま、六十年。
最初に「あれはイタズラだった」と漏らしたのが、一九七五年。とどめは、模型を作ったスパーリングさんが亡くなる直前の告白で、一九九四年、イギリスの『サンデー・テレグラフ』紙が報じたんですよ。
しかも、ですよ。本当は、告白を待つまでもなかったんですよ。一九六〇年代にはすでに、「写真の波の大きさからして、写っている物体は数十センチしかない」と指摘されていた。一九八〇年代には、対岸まで写った元の写真が見つかって、被写体が小さいことがバレていた。有名なあの一枚は、その小ささを隠すために、わざわざ周りを切り落としてあったんですよ。
王様、けっこう前から、裸だったんですよ。

第四章「じゃあ、ネッシーはいないんですか」

写真は偽物。わかりました。
でも、写真が一枚ニセだったからって、ネッシーがいないことにはならないじゃないですか。そう言いたくなるんですよ。私も、なるんですよ。
そこで、もう少し冷たい話をするんですよ。
まず、もしネッシーが本当にプレシオサウルスの生き残りだとすると、いろいろ無理があるんですよ。爬虫類は肺で呼吸するので、しょっちゅう水面に顔を出さないといけない。だったら目撃は毎日のように起きるはずなんですよ。それに、一頭だけでは種は続かないので、何十頭もいないとおかしい。なのに、骨の一本も、死骸の一つも、見つかっていないんですよ。
そして、とどめが、最新の科学なんですよ。
二〇一八年から二〇一九年にかけて、ニュージーランドのオタゴ大学のニール・ゲメル教授たちが、すごいことをやったんですよ。環境DNA調査。湖の水をすくって、その中に漂っている生き物のDNAのかけらを、片っぱしから読み取る、という手法です。
姿を探さなくても、「そこに何がいるか」が、わかっちゃうんですよ。
結果。魚、両生類、鳥、哺乳類、いろんなDNAが出てきた。でも、首長竜のような大型爬虫類のDNAは、ひとかけらも出てこなかったんですよ。
代わりに、やたら大量に検出されたものがあった。ウナギなんですよ。
そこからゲメル教授たちは、こう言ったんですよ。「ネッシーの正体は、とびきり大きく育ったウナギなのかもしれない」と。
……ウナギなんですよ。あの恐竜みたいなシルエットの、正体候補が。
ほかにも、流木、カワウソ、水鳥、ボートの引いた波。果ては、巡業中のサーカスの象が、鼻だけ水面に出して泳いでいたのを見間違えたんじゃないか、なんて説まであるんですよ。象に化かされてたんですよ、もしかすると。
オックスフォード大学の動物学者にいたっては、もっとはっきり言ってるんですよ。ネッシーのような生き物がいるのは「生物学的に不可能」だ、と。

結局、ネッシーとは何だったのか

ここまで聞くと、もう、おしまいの話に思えるんですよ。写真は偽物、科学は否定、正体はたぶんウナギ。はい解散、と。
でも、ですよ。
ここが、いちばん不思議なところなんですよ。
あの写真が偽物だと暴かれたのは、一九九四年です。それから三十年以上たった今も、ネス湖には、世界中から観光客が来るんですよ。湖をのぞき込んで、カメラを構える人が、後を絶たないんですよ。
証拠は崩れた。科学は否定した。なのに、伝説のほうは、死ななかったんですよ。
ぼかぁね、人間というのはたぶん、「正体」よりも、「もしかしたら」のほうを、手放したくないんですよ。
きっちり答えの出てしまった謎より、まだ答えの出ていない湖のほうを、人はのぞき込みたくなる。ウナギだと言われても、心のどこかで、「いや、それでも」と思いたい。その「それでも」こそが、ほんとうのネッシーの正体なのかもしれないんですよ。
だから、最後に、あなたに聞いてみたいんですよ。
あの写真がおもちゃの潜水艦だったと知ってもなお――もしネス湖のほとりに立ったとして。あなたは、あの暗い水面を、のぞき込まずにいられますか。
次回は、湖を出て、森のほうへ行くんですよ。今度の相手は、でっかい足跡だけを残していく、毛むくじゃらの大男ですからね。

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