2026.8.3 これって写真なのか? (旧6.21)
#信州高遠 の別荘 #AA山荘 に避暑滞在の日々です。 昨晩は 月が昇る直前のほんのひととき快晴になりました。 なので短時間で #いて座 の #メシエ8 #干潟星雲 と言われる天体を撮影してみました。

撮れた写真はこの通り、そこそこのショボい感じでしたが、 この望遠鏡機材のメーカーがやっているクラウドサービスで画像処理してもらったところ、冒頭でご覧のようになりました。 甘かったピントを見事に補正して、星が小さくシャープになっていますし、明るい星にはスパイクという十字線が施されています。 星雲自体も別モノ?と言えるような派手さです。 いづれも元の映像には無かったものを追加してくれたわけです。
これはこれで “キレイ” な写真になったので良かったと思います。 ただ 「これって写真なの?」 という疑問は残ります。 原画には無かった要素を “付け加えて” “改変して” しまった画像はもはや 写真ではなく 創作画像です。
写った天体の #波動 はどうでしょう? 幸いにもあまり変わっていないようなので 捏造されたとまでは言えない範囲だとは思います。 これは良かったです。
思えば世の中は 見てくれ や 安直な便利さ を得るために “らしく” 作り上げたものが溢れかえっています。 このことの是非はともかく、 程度はともかく “ニセモノ” ばかりの文明に成り果ててしまった感が強いです。 今回の例の天体写真程度なら その影響は小さいでしょうからイザ知らず、 命に関わるような物事までおしなべて “なんちゃって” になり下がっている。 それは “命” あるいは “波動” より “パッと見ため” を重視する風潮の表れです。 そが現代文明というものの底の浅い本質なのかなぁ と 期せずして実感させられました。
縄文時代がは原始時代 として蔑むような風潮もぱりますが、 私は逆だと思っています。 太古の昔の方が本物だった可能性が高いと思っています。 ここでいう 本物 とは “人が順調に神に進化していく王道を歩んでいる” ことに他なりません。 現代文明はこれまでのところ その真逆を歩んでいるようです。
