Watcher #15
おれはその日、仕事で取引先へ行っていたんだ。
用件を済ませると、いい時間だった。
会社へ連絡すると、出先から直接家へ帰ることが許可された。
取引先の最寄り駅はJRだ。
だけど、おれのマンションの最寄り駅は地下鉄だ。
地下鉄に乗り換えられる駅まで戻ると、かなり遠回りになってしまう。
JRで帰ると駅からまあまあ歩くことになる。
疲れていた訳ではなかったので、それならばと、歩くことになっても時間のかからない方をおれは選んだ。
普段つかうことのない路線は新鮮だ。
かといって走行する電車の窓からの夜景をながめるわけでもない。
ほどほどに堪能したらスマホをいじりだした。
スマホをいじりつつ揺られていると、降りる駅へついた。
めったに使うことのない駅。
駅前の馴染みのない居酒屋チェーン店。
今度入ってみよう。
なんて思ったが、結局その店舗へは、いまだに行っていない。
駅から少しはなれると、もう辺りは静かだ。
店があってもシャッターはおりている。
シャッターにテナント募集の張り紙がされている物件もポツポツと。
住居一体型の店舗の需要はあまりないのだろうな、なんて思いながら歩を進める。
輸入雑貨の店がまだ開いていた。
前を通りすぎるときに、チラッと見えた店主は若い人だった。
店からはアジアっぽい匂いがした。
こういうことを言うと、
「アジアっぽい匂いって何?」
とか聞いてくる人がいるけど、具体的に言えるのなら、“アジアっぽい”なんて表現しないよ、としか思わない。
その先も、あそこのラーメン屋つぶれて、また別のラーメン屋になってるのかよ、とか。
こんなとこにコンビニできたんだ、とか。
子供のころ行った記憶のある、おもちゃ屋がまだあることに驚いたりしながら、こっちのルートにしてよかったと、おれはなっていた。
そうなっていたところに、冷気をあびる。
林だ。
神社を取り囲む林からもれる、冷えた空気だった。
神社自体の敷地は大きくないが、それを取りかこむ林は、けっこう広い。
この神社には曰くがある。
それは、昭和の話だと聞いた。
美人だと評判の女がいた。
女は似たような夢を見るようになったそうだ。
その夢の内容は、顔の見えない男に呼ばれるものだそう。
何度も見るので、占い師に見てもらった。
その占い師には霊能があり、あなたは神様に見初められたと、言われたそうだ。
その神様が祀られているのが、今おれが近づいていっているこの神社だとも。
しかし、女には婚約者がいた。
真面目で働き者の青年。
仕事は建築業。
ただ夢を見るだけならまだよかったが、女の体は弱っていったそうだ。
医者に見てもらっても原因はわからない。
男はその神社に参って「女は自分と婚約しているので連れていかないでください」と、祈願した。
男が何度も願っても、女の夢がやむことはなく、快復することも、なかったそうだ。
それどころか、女は意識のないまま、気がついたら神社にいるなんてことも起こりだした。
神主、霊媒師、お坊さんにまで頼ったけれど、神様を相手取ってくれる者はいなかったそうだ。
業を煮やした男は、商売道具である金槌を手に神社へむかった。
心配した女は、病身をおして男の後をついていった。
本当は神社へ近寄りたくなかったけれど···
男は女の制止をふりきって本殿の戸を勢いよく開けた。
入り口に垂れ下がった注連縄に戸が当たりゆれる。
中央には何の装飾もない、古びた丸鏡があった。
木製の台によって立てられていたそうだ。
男は金槌を振りかぶり、鏡へ向かって下ろした。
あっけなく割れた鏡を前に、男は肩で息をする。
落ち着いて、立ち去ろうとしたら、どこからか白いモヤがあらわれた。
その白いモヤには、凄まじい怒りを抱えた形相の顔が浮かんだわけでもない。
白いモヤが、恐ろしい化けモノの姿になったわけでもない。
ただそのモヤに対して、男は恐ろしいという気持ちが強く湧いてきたそうだ。
ふたりは逃げだした。
しかし女は弱っていたことと、恐怖で膝が震えてしまったのとで、歩けなくなってしまった。
女は男にすがった。
男は女を振り払らおうとしたが、払えない。
あまりの恐怖で、男は思わず女の頭を金槌で叩いてしまった。
そうしたら、やっと男をつかむ女の手から力が抜けた。
そして男は女をおいて逃げたそうだ。
後ろから女が男をよぶ叫び声が聞こえていたが、男は振り返ることなかった。
その後、女の姿を見たものはいない。
現在、女は神に嫁ぎ神になったとされ、境内の祠に祀られている。
何とも言えない話だ。
恐怖にとらわれた婚約者に金槌で殴られ、見捨てられた女はどんな気持ちだったのだろうか。
神社の入り口が近づいてきた。
“あれ”だ。
顔は見えないが、女の“あれ”だ。
地面へ、へたり込むような座りかたをしている。
しかし、胸から上と下が真逆を向いている。
胸の上に背がある。
そこには虫の羽根が生えていた。
だけどその羽根は、くしゃくしゃと皺よって使い物にならなさそうだ。
そして、体の一部が輪のようになっている。
さらに、その輪のてっぺんから下半身が生えていた。

さっきの話の女だろうか。
いや、神様になったんだよな。
なら、あんな短いスカートはかないよな···
