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わたしが起きているこの瞬間、誰かは眠っていて

最近、睡眠サイクルがあまりにもおかしいことになっている。
夜は寝ているけど、日中もとんでもなく眠たい。
電車に乗れば、あのタタンタタン…という心地いいリズムに、大抵誰しも眠たくなるものだと思っている…。
この間は、お仕事帰りに、目が半開きの状態でふらふらしながら帰った。部屋に戻って荷物を下ろして、ああ疲れた、とベッドに腰を下ろしたが最後、記憶はぷつりときれて、そのまま朝で、窓から差す太陽が眩しい、なんてこともある。深夜に目が覚めることもあるけど、そのまま諦めて眠ってしまうことの方が多い。

やりたいことも、やらなきゃいけないことも、全て後手。着るものがないので洗濯はするが、畳めず山になっている。寝落ちしてしまうので、お風呂は基本的に朝になった。家にシャワールームしかなく、湯船がないことも一因かもしれない、と思っている。暑いような寒いようなで曖昧になっているけれど、体が冷えているのだと思う。
この状態には既視感があって、昨年もずっとこんな状態だった。鬱っぽいような、そんな状態。病院には結局行かなかったので正式に診断をもらったわけではないけど、知り合いでメンタルを病んでしまった人曰く、それはもう”同じ”だと。
メンタルを病むと、元には戻らないらしい、というのは聞いてもいたし調べてもそう出てくるから、マシになることはあれど完治することはないのだ、と思っていたが、根っこの問題が解決されたので割と元気に、なんだ平気じゃないか、と思っていた。
思ってはいたが、事実こうなっているので本当に思っていただけみたいだ。

そんなこんなで、これを書いている今も、昨日の夕方に用事が終わって、おやつでも食べようかな、でもなんだか眠たい気がするなあどうしようと悩んでいたところまでは記憶があるのだが、そこから先、気がつくと時計は深夜の2時近くだった。一瞬、脳みそがフリーズする。スマホにはたくさんの、メールやらLINEやらslackやらの通知が並んでいる。推しのインスタライブも、そういえば21時からやると告知していたのに、見損ねた。

夜ごはんも食べ損ねた。お腹が空いているけど、こんな深夜に何かを食べると肌が荒れかねない。それ以前の話なのだがもはや。お風呂も入り損ねた。また朝にシャワーを浴びなければいけない。干したままの洗濯物が目に入った。今日、来客があるかもしれないらしいので片付けなければ。

そう思いつつも、なんだか睡眠のサイクルがおかしくなっていることや異常に眠たくなってしまうこと、やりたいことやらなきゃいけないことがたくさんあるのにそれがおろそかになって荒れている部屋を見てまた悲しくなったりして、そわそわと落ち着きがなくて。
何か、冷静にというか落ち着かなければ、という思いで、YouTubeで環境音を調べることにした。対処法があっているのかはわからない。何かいいものを、と探している途中、目当てのものではなかったけれど、空港のライブカメラのサムネイルが目に入った。2人が視聴中になっていた。この時間でも起きている人がどうやらいるらしい。わたしもだけど。

その後、深夜の首都高ドライブの映像を見ながら、読みかけだった本を読んだ。深夜でも、首都高はそこそこの交通量があった。タクシー、乗用車、軽、トラック、バス。その時間に走る何かしらの、それぞれの理由があって、またわたしが起きているこの瞬間、誰かは眠っていて、起きてもいて。その感覚がなんともいえない、寂しさに似た感情だった。

これを書き終えて、4時28分。
外はもう日の出を迎えて、空が明るく白くなってきた。
もう朝だ。
ここから、もう一度寝るだろうか。
散歩に出かけようか。早起きのランナーや犬さんを散歩しているマダムぬ紛れて、眠れなかった夜に取り残されたままのわたし。青く静かなまちを歩こうか。
さっさとシャワーを浴びてしまうのもいいかもしれないけれど、散歩に行くならそのあとがいい。
帰ってきたら、朝カフェに出かけようか。いや、レモンパイを焼こうと思っていたのだった。レモンがダメになってしまう前に、早く焼いてしまおう。
大学の課題もやらなければ。

もうすぐみんなが起きてくる。
わたしは平然と、ちゃんと寝ましたよ、という顔でまちに馴染む。

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