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北海道・阿寒湖畔の彫刻家 瀧口政満氏|木彫りへ続いた一人の歩み

あかん遊久の里鶴雅にある「ギャラリー ニタイ」には、彫刻家・瀧口政満氏が手がけた木彫のふくろうが並んでいます。

一羽ずつ異なる木の形や鑿の跡。その作品を生み出した瀧口政満氏は、どのような道を歩み、阿寒湖畔で木と向き合うようになったのでしょう。

満洲で生まれ、山梨で少年期を過ごし、二十代で北海道へ。今回は、その歩みをたどります。

満洲から山梨へ

瀧口政満氏は1941年、満洲で生まれました。

3歳のころ、高熱によって聴力を失います。終戦後は家族とともに日本へ引き揚げ、父方の故郷である山梨県で暮らし始めました。

5歳で東京のろう学校へ入り、長期休暇を除いて寄宿舎で生活します。家族のもとを離れ、学校で過ごした年月は、およそ14年に及びました。

高等部では木材工芸科を選び、糸のこや木工機械の扱い、家具や建具に関わる技術を学びます。週に一度は、デザインや美術にも向き合いました。

木を切り、削り、形を整える。後の彫刻へとつながる手仕事は、このころから少しずつ身についていきました。

一人旅で訪れた北海道

ろう学校を卒業した瀧口政満氏は、東京の工芸関係の職場で働き始めます。

その後、二十代前半で北海道を一人旅しました。旅の途中で訪れた阿寒湖畔では、アイヌコタンの木彫家たちが木に向かい、鑿を振るう姿に出会います。

この地で、後に妻となる山田ユリ子氏とも知り合いました。

二人は手紙の中で、互いを「イチンゲ」「サロルン」と呼び合ったといいます。やがて瀧口政満氏は東京での仕事を離れ、北海道へ移りました。

釧路の工芸組合で働き、木彫の指導やさまざまな仕事を経験した後、1967年、ユリ子氏とともに阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らし始めます。

阿寒湖畔で始まった彫刻

阿寒湖畔に居を定めたころから、瀧口政満氏は彫刻作品を手がけるようになります。

初期には、アイヌの女性を表したメノコ像を多く制作し、ユリ子氏もモデルを務めました。

頬に手を添える姿。胸元で静かに手を組む姿。大きな動きを加えるのではなく、わずかな仕草の中に、人物の思いを置いていきました。

作品には、セン、タモ、ニレ、オンコ、エンジュ、ナラ、シナ、マツなど、さまざまな木が使われています。

選んだのは、まっすぐな木ばかりではありません。枝分かれした木、ねじれた木、芯が朽ちた木、川や海を流れてきた木にも目を向けました。

傷や曲がりを削り落として均一にするのではなく、まず木を見て、そこに現れる姿を探していきます。

木の中に見える形

瀧口政満氏は、木をよく見ていると、彫るものが分かるという趣旨の言葉を残しています。

枝分かれした木の一方が人物の顔となり、もう一方が衣の裾になる。二股の幹から、馬と少女の姿が生まれる。木目は頬のやわらかさや鳥の羽、人物のまわりを通り過ぎる風にもなりました。

制作では、まだ水分を含んだ木を大まかに彫り、乾燥させながら形を整えていきます。木は乾くにつれて硬くなり、ときには割れも生じます。

大きな作品では、乾燥を含めて完成まで一年ほどかかることもありました。木の芯を抜いたり、内部に穴を開けたりしながら、急がずに次の工程を待ちます。

完成した形だけではなく、その木が育ってきた時間も残す。その向き合い方は、鶴雅の館に置かれた作品からも感じ取ることができます。

阿寒湖畔で出会える木彫

あかん遊久の里鶴雅には、「ギャラリー ニタイ」のふくろうをはじめ、二羽の丹頂を表した「鶴の舞」や、馬の背で空を仰ぐ少女を彫った「馬と少女」など、瀧口政満氏の作品が受け継がれています。

同じ題名が付けられた作品もありますが、使われた木や形、寸法はそれぞれ異なります。

作品の前では、彫られた人物や動物だけでなく、枝の分かれ方や木目にも目を向けてみてください。瀧口政満氏が最初に見つめた木の姿が、そこに残されています。

よくある質問

瀧口政満氏は北海道出身ですか?

瀧口政満氏は1941年に満洲で生まれ、終戦後、家族とともに山梨県へ引き揚げました。二十代前半に北海道を一人旅し、その後、阿寒湖畔へ移り住みました。

瀧口政満氏は、いつから阿寒湖畔で暮らしていたのですか?

1967年、妻のユリ子氏とともに、阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らし始めました。

瀧口政満氏の作品はどこで見られますか?

あかん遊久の里鶴雅の「ギャラリー ニタイ」をはじめ、鶴雅グループの複数の施設に作品があります。展示場所や見学方法は変更されることがあるため、来館前に各施設へご確認ください。

木肌に残る時間

木肌に残された鑿の跡を目で追うと、深く入った線のそばに、小さな影が重なっています。

その木がどこで育ち、どのような姿で瀧口政満氏のもとへ届いたのか。すべてを知ることはできません。

それでも、枝の曲がりや木目を残した作品の中には、彫り始める前から続いてきた木の時間が、今も見え隠れしています。


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