『セピア色の桜』~青ブラ文学部~ (900字前後)
セピア色の桜、と聞きますと、
わたしなんかは、
学生時代を思い浮かべます。
今、50代を迎えて、
桜にせよ色のよく見えることに
有難みを覚えるようになったゆえ、
学生時代の頃の若き眼は、
たとえば血走っていて
まともな色には
見えなかったような気がされるのです。
もう過去の苦難の時代などは
思い出したくないのですけれども、
セピア色の桜だけは、
闇雲な自分の中で唯一通り過ぎた
希望のようなものだったかも知れず、
一年に一回、時のオアシスのように、
今となっては振り返ることのできる、
過去における、少ない『観たい』物の
一つです。
実際には桃色や黄緑色など、
色が付いていると思うと、
切ない気持ちになります。
それがセピア色の桜であり、
桜そのものの感慨ではないかと
思われました。
何しろ『花』があります。
どんな人にも生きたドラマを、
演じてくれるかのようです。
苦い経験をしたほど、
綺麗な桜に当たりたくなります。
しかし、きれいな物です。
わたしの心に残る桜の映像は
セピア色に落ち着くのでした。
色が付いたものは眩しい。
そんな境涯もあります。
心を揺り動かす意図の無いものに、
少しくシンパシーを覚えます。
一陣の風が吹いて、
花見の公園は、何もかも
持ってゆきそうな勢いです。
女性は、髪を押さえ、
男性は目をおっぴろげて、
子供たちは構わず遊んでおります。
花吹雪が斜めに落ちます。
それに混じって、
小さな子の吹いたシャボン玉が
風に荒れて、持ってゆかれます。
そういった一切が、セピア色の桜を
感じさせ得るものであったなら
良いのですけれども、
色を文章で表すのは難しいようです。
花見をする公園に来る人へは、
思慕を覚えます。
花見をしに来たという共通認識が
私を人への関心に向かわせるのでした。
花見が終わると帰ります。
とても寂しくなりますけれども、
奇跡的な一場面に遭遇できただけでも、
ありがたいことと思わねばと思います。
セピア色の桜もいつか、
わたしの中で色づいて来ることの
あるかもしれません。
(おわりです)
☆彡
☆彡
こんにちは。
つる です。お世話になっております。
青ブラ文学部のお題『セピア色の桜』に
応募したいと思います。
馴染みやすい印象を受けましたけれども、
書き始めてみますと、
私にとってとても難しいお題であると感じました。
拙い文章で恐縮です。お気の向きましたなら。
それではいったん失礼をいたします。
みなさまのご無事とご自愛のほどを。
つる 拝
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