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静けさのなかで ~シロクマ文芸部~ 1142字

 ゆっくりと彼は口をひらいた。

「愛しているよ」

 その声は、どこか寂し気だったが、その言葉の一音一音を確かめるような、まるで弾き語りでもしているような声色で、彼女に向けて発したのだった。

「ええ、私も」

 彼女の答えも落ち着いていた。しかしながら、彼の声のニュアンスとは違う。彼に返しているというより、何か大いなる自然、万物に感謝でもするかのように、今私は満たされている、とでもいうような、自己認識に満足しているかのような口ぶりであった。

 彼も、その違和感のような物に気付いていた。その心の本質的なすれ違いと小気味の良い摩擦と摩耗を、しばし自身の心の中で味わっていた。やがて、そのやり取りの時間は過ぎて、また元であるかのような静寂が訪れた。

 お互いに全く違う世界を見ていて、その存在を認め合う。例え、どんなに心を射止めようとも、もう次の瞬間には二人は違う景色を見ている。二人の幸せとは、時間を共有している奇跡、日常における、手花火をいっしょにしているかのような、そんな非日常的感覚なのかも知れなかった。

 二人は契約をしている。共に幸せを築き、維持するという契約を。そこに義務と義理も無く、お互いの持つ主体性に預けられた、愛すべき相手への敬意に他ならなかった。そうして、対等な恋愛関係の息吹をして、呼吸をする。幸せと言う名の呼吸で吹き返すのだ。

遠山に日の当たりたる枯野かな

 高浜虚子の1句をふと思い浮かべた彼は、窓辺に視線を逃がす。二人で過ごす空間と時間の中で、かつ独りでもある感覚に、心を満たそうとしていた。人間、否、私とは本来的に寂しい生き物なのだ。と、今一度言い聞かせるかのように。

ええ、私も

 彼の中で、彼女の言葉が木霊する。言葉は、短い方が、往々にして記憶に残り、思い出になり易い。どんなに記憶に留めたくても、本人が心底望まない限り、それはやがて忘れ去られる。あるいは、時折、こうして愛の交換をするのは、言葉という物が、これも本質的に効果に賞味期限のような物があって、定期的にお花に水を遣るように、つまりは愛にも限界があって、放っておくと気付かぬ内に下降線を辿る恐れを孕んでいるからこそ、時々発しなければならない類の物なのかも知れなかったのである。

 二人は信じていた。自分の幸せを。自分の世界に互いが必要であったし、そうして二人の世界と幸せが満ちてゆくのを、二人で見届けてゆく。大きな川の下流の、ゆったりとした水の流れを彼らは生きているのだった。

 後は、『疑わしきは罰せず』だ。そういう時は、今一度自分の気持ちにフォーカスする。私は私を生きているか。

 時に相手に問い、時に自分に聞く。すれ違いの中で、違う人生を想いながら、またゆっくりと歩調を、どちらからともなく合わせてゆくのだった。

(おしまいです。1142字)

☆彡

 シロクマ文芸部にお世話になります。今回のお題は、『ゆっくりと』から始まる、詩歌やエッセイ、小説などを書くことのようです。

 こんな二人の時間が訪れたなら、すてきだなと思う事を書いてみました。お読みくださりますお方へ、感謝申し上げます。ありがとうございます。

つる

#シロクマ文芸部

 すてきなヘッダー画像を、みんフォトよりお借りしています。ありがとうございます。

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