Photo by
takatsuki_illust
人生のしおり 708字
老眼で辛くなって、すっかり本を読まなくなった。
今、一冊の分厚い小説を読んでいる。気が向いた時だけ、短い一章だけ読むことにしている。
本を読むよりも、実人生が面白くなってきた。でも、時折活字も読みたくなる訳で、久しぶりに本を読んでいる。
人生を本に例えると、重なる所の多い事と思われる。
グッドエンディングで終わる者もあれば、残念ながら不幸な終わり方もあるだろう。あるいは、途中で本を読むのを止めてしまう方もいらっしゃるだろうし、読み始めで本を閉じる場合も。
人生において、しおりを挟むというのは、私にとって『本を読む時間』になった。日常を生きて、その隙間に本を読むという行為自体が、人生にしおりを挟むような事と思いたいのである。
しおり自体に意味は無いと思っている。挟んだ所で、私のそれまでの人生を代わりに記憶してくれる訳ではないし、されど、ある時点でのほんの時間の区切りをピン止めのように、極めてそれは心もとないピン止めではあるけれども、何か人生のあるいっときを一時的に留めたような気分にさせるだけのものなのかも知れなかった。
しかしながら、しおり自体は確かに在ったかも知れない。この手につかむことの出来ない時間という物を、嘘でも留めたと思いたい願望のような物が、その存在意義を自身の人生に浮かび上がらせる役目を、ひょっとしたら担っていたのかも知れなかった。
私の人生はどう終わるだろう。しおりを使えている間は、しおり共々生きているだろう。私が死ねば、しおりも役目を終える。そう思うと、本を読むという行為が、つまり、人生のしおりが何か大切な事柄のように思えて来て仕方が無いのであった。
いいなと思ったら応援しよう!
私の愛と自由の情報に
価値を見出されましたならば、
チップをどうぞよろしくお願い申し上げます。