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泣き虫ユニバース 第1話|涙フェスティバル開幕

17:55の魔法、泣き虫ユニバース第1話をお届けします。
月曜の涙と笑いを、あなたのひとときに。

プロローグ


 泣き虫村の中央広場に、白い紙が一枚、朝露でふやけながら貼られていた。

 《第一回 涙フェスティバル──いちばん泣いた人が、村の鐘を鳴らす権利を得る》

 ……なんの権利? と突っ込みたくなったけれど、鐘を鳴らせるなら、それはそれで胸が熱くなる。

 私は泣き虫村でいちばん普通の泣き虫、名はまだない(名乗る前に泣くから覚えてもらえない)。今日は司会係を仰せつかった。

「集合ー! 泣き虫代表のみなさーん!」
 私の呼び声に、五つの影がのそのそと集まってくる。

 最初に現れたのは、背負子(しょいこ)にティッシュ箱を三段積みした女性。
【探検家】「泣き虫探検家、参上。今日の秘宝は“半額シールと和解する方法”」
【司会】「そこは戦うんじゃないの?」
【探検家】「和解こそ探検の到達点。涙は交渉の潤滑油」
 彼女は胸を張った拍子にティッシュ箱が一個落ち、慌てる指先がぷるぷる震える。
もう泣いている。速い。

 次に白衣の男が現れる。胸ポケットからはスポイトと塩分計がのぞいていた。
【研究者】「涙の研究者です。本日の実験テーマは“感動の初速”。司会者さん、今の胸熱は何秒で涙腺まで到達しましたか?」
【司会】「え、ええと、今……到達しました」
【研究者】「計測失敗です。涙は予告なく来る」
 彼はノートをひらく。紙がしわしわだ。歴戦の滲み跡が、研究の深さと脆さを物語っている。

 三人目、スーツに鳩ピンをつけた人物が、やけに真剣な顔で手帳を開いた。
【外交官】「平和の外交官(自称)。本議題は“泣き虫間の相互理解”。衝突は避け、チョコアイスを配布して条約締結を目指します」
【司会】「なんでアイス?」
【外交官】「融けやすいものは、心を急いで溶かす。外交の鉄則です」
 なるほど、たしかにアイスは正義だ。

 四人目は、肩から小さな木箱を下げた人。箱の蓋には金の文字で“やさしさ保管庫”。
【コレクター】「やさしさコレクターです。今朝は“お先にどうぞ”を二つ、“ドア支えます”を一つ採取。今日も豊漁の予感」
【司会】「それ、どうやって測ってるの?」
【コレクター】「心の重さで」
 箱の中で、見えない光がほのかにゆれている気がした。じわっと来る。危ない、司会が泣くわけには。

 最後に、短パンのアスリートが軽やかに跳ねながら到着した。
【スポーツ選手】「涙のスポーツ選手、準備完了! 今日は“ティッシュ開封タイムトライアル”で世界記録を狙う」
【司会】「世界……ここ村だよ」
【スポーツ選手】「世界はいつも、目の前の一歩から」
 キマッた。ズルい。泣きそう。

【司会】「クセの強いメンバーがそろいました。それでは──涙フェスティバル、開幕です!」

第一競技:胸きゅん早泣き


【司会】「第一競技、“胸きゅん早泣き”! お題は自由。誰が最速で涙を流すか!」

 探検家が前に出た。背負子のティッシュ箱がごとりと揺れる。

【探検家】「スーパーで半額シールに手を伸ばした瞬間……おばあちゃんが“今日はあなたの勝ちね”って笑ったのに……私、譲っちゃって……でもおばあちゃんが代わりに脂少なめを差し出してくれて……!」

 語り終わる前に、涙がぽたり。ティッシュ一枚が即出動。

【研究者】「記録します。五秒。だが私は……語る前から泣いている」
 彼のノートにはすでに涙のしみ。塩分濃度を測ろうとしてスポイトが震えていた。

【外交官】「私も……家庭内で“嫌い!”と宣告されたとき……和平交渉を試みたが……(嗚咽で演説崩壊)」

【コレクター】「今の涙、やさしさポイント+10。……はい、私ももらい泣きです」

【スポーツ選手】「泣きながら全力ダッシュ! 涙はスタートの合図だああ!」
 勢い余って転倒。会場から笑いと拍手が混ざる。

【司会】「勝者は探検家! でも全員泣いて順位はぐちゃぐちゃです!」


第二競技:和解演説


【司会】「続いて“和解演説”。どんな涙の提案で観客を感動させるか!」

 五人が順番に広場の台に立つ。

【探検家】「譲り合いは宝探しだ! 涙は秘宝を照らす地図なんだ!」
 観客から「おお〜!」とどよめき。

【研究者】「塩分濃度を等分にすれば、涙は公平に流れる!」
 意味は分からないが妙に説得力がある。観客がじわっと笑い泣き。

【外交官】「やはりアイスこそ平和条約! とける前に心を溶かせ!」
 ポケットからアイス券をひらひら。歓声が上がる。

【コレクター】「やさしさポイントを合算し、全員で山分けしましょう」
 箱を掲げると、中から淡い光がふわり。観客の涙腺を刺激する。

【スポーツ選手】「涙リレーで全員ゴールだ! 涙は走れば走るほど速く流れる!」
 その場で号泣しながらバトンを持つ仕草をする。

 観客は大拍手──が、同時にもらい泣きしてしまい、拍手数を数えられない。

【司会】「勝敗不明! 判定不能!」


第三競技:ティッシュ開封タイムトライアル


【司会】「三競技目は“ティッシュ開封”。片手で包装を破り、一枚だけ抜け!」

【スポーツ選手】「よーし……スタート!」
 パリッ、スッ。見事に一枚。会場どよめき。

【研究者】「1.1秒。世界新記録……だが、その一枚が涙で濡れ、紙質が崩壊。失格です」
【スポーツ選手】「ええっ!? 感動して……!」

【探検家】「宝箱を開ける気持ちで……よっ……くっ……開かない!」
 包装に負けて時間切れ。

【外交官】「ここは……どうぞお先に」
 全員に譲り、結局挑戦せず。

【コレクター】「誰かが挑戦する姿を見守るだけで……十分」
 その眼差しに観客が泣き出す。

【司会】「結果──全員記録不成立!」


特別競技:アイスリレー


 休憩中、外交官がアイスの箱を抱えて戻ってきた。

【外交官】「これは和平の象徴です。全員に配布しましょう」
 棒アイスが配られる。ひんやりとした感触に涙腺がまたゆるむ。

【探検家】「見て! 当たり棒! “もう一本”の権利だ!」

【司会】「おおっ!」

【外交官】「分断を避けるため、この一本は……リレー方式で回しましょう」

 一本のアイスが、探検家から研究者へ、研究者から外交官へ。

【探検家】「甘い……涙に合う味」
【研究者】「糖分は涙腺に作用……興味深い」
【外交官】「これは甘味条項、条約に追記」
【コレクター】「みんなの“おいしい顔”、やさしさポイント自動加算」
【スポーツ選手】「アンカーは俺だ! ……でも感動で走れない……」

 最後のひと口を受け取った選手が、涙で声を詰まらせる。

【スポーツ選手】「……おいしい」

 会場全体がしんと静まり、次の瞬間──拍手とすすり泣きの大合唱。


クライマックス


【司会】「さて──いちばん泣いたのは……」

【外交官】「提案します。“同時鳴鐘式”。勝敗を争わず、全員で鐘を鳴らしましょう」

 全員がうなずき、鐘楼へ向かう。ロープを握りしめ──

【全員】「せーの!」
 ゴォォォン……と鐘が鳴り響いた。

 音の余韻の中、六人(私も含め)が同時に涙を流す。

【司会】「泣き虫は弱さじゃない。うるおいだ。泣き虫ユニバース、開幕!」

【誰か】「……なんのはなしですか」

 全員、笑いながらもう一度泣いた。


エンディング


こうして涙フェスティバルは幕を閉じた。
勝者はいなかった。けれど、鐘の音が村中に響いたとき──
「泣くことは恥じゃない」「むしろ誇れる」
そんな空気が広場を包んでいた。

泣き虫ユニバース、ここに始まる。


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