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「普通に生きていたいだけなのに」10年パニック障害と連れ添った私が、薬に頼らず徹底したこと


 理解されたことなんてなかったと思う。

 私の見た目は至極平凡だ。むしろ「できそうな雰囲気」すらあると自分では思っている。

「どうしてそんなに焦っているの?」

 よく嘲笑された。私は考え事、心配事が少しでも増えると それがストレスになって体や心の調子がおかしくなる。仕事で抱えている案件が複数になったり、仕事の結末が見えない状態が重なったりしただけで、「不安」はあっという間に膨れ上がった。

 パニック発作は、突然に起こる場合と、ある場所や状況に限って起こる場合、他の症状と合併して起こる場合など様々だろう。私の場合、「解決できていない、または解決できない不安要素」が膨れてしまうと、よく過呼吸になった。

 例えば責任のある仕事を任されている時、その業務が進行している期間は常に心と体に緊張が走った。それは誰しもそうなのかもしれないが、私は日常に支障がでるレベルだった。


 営業先、外注先が断ってきたらどうしよう。発注が間に合わなかったらどうしよう。人員がうまく配置できなかったらどうしよう。うまくいかない妄想がどこまでも広がっていった。

 それは良いことでもあるかもしれない。起きうることを予測できれば、それに対処できる策を事前に考えられるとも言える。なんとかなるだろうと行き当たりばったりより、「仕事」に関しては私のような人間の方が良いとも言えるのかもしれない。

 ただ心配に心配が重なり、必要のない仕事を自分で増やしていた。

 必要以上の勤務時間を費やして心と体を消耗させてしまい、肝心なところで力が出なかったり、そもそも仕事を継続できる状態ではなくなっていたりすることが多かった。

 そうなってくると、負のスパイラルに突入する。自分が弱っていると誰かに迷惑をかけてしまうのではないか。私がもっとできていればこんなことにはならなかったのに。私が“できそう”だと期待してくれたから任された仕事なのに、期待に応えられなかった。ひどく失望されてしまうかもしれない。ああ。それでも今できる仕事、作業をやっておこう。あれ、、体に力が入らない。やる気はあるのに、心がついてこない。どうして私はこんなに"できない"のだろう。また、発作が起きる———


 過呼吸になるたび、私はいつも「死」を連想する。それくらい、もうどうしようもないと思ってしまう。手足は痺れ、血が通わなくなってくる。冷たくなっていく手は自分のものとは思えないほど物質のように感じる。対照的に、胸や背中、脇の辺りからの汗は止まらず、熱を孕む。自分が破裂でもしてしまうのではないかと思う。


 私の姿を見ないでくれ。

 私は、誰かに嫌われてしまうことが怖い。期待と違ったと思われてしまうことが怖い。人が離れていくのが怖い。どれも何度も経験して、自分で事象を肥大させて受け取っている。

 パニック発作が職場内で起きてしまい、その姿を見られてしまうこともよくあった。人間関係までも悩み、苦しみ、嗚咽する。相手の気持ちがわかりきれない以上、これは解決できないことでもあるかもしれない。それなのに不安は止まらない。考え続けても結論は出ないのに、思考だけはぐるぐると回転する。発作が1日に何度も起きることもあった。

 そして、私は電車に乗れなくなった。エレベーターにも乗れなくなった。電車は「出勤」を想起させ、また苦しみへと運ばれるような感覚になってしまう。エレベーターは、ある日に上司と鉢合わせた時、逃げ場のない場所で罵詈雑言を浴びたり、暴力を振るわれそうになったことがちらつくようになってしまったことが原因だ。あの狭い空間を見ただけで、吐き気がして立っていられなくなった。


 さらに段々と、外へも出なくなる。

「外」にいくだけで、私は自分の心を守りきれないと思った。あらゆる不安が私を覆い、どこまでも襲ってくる。倒れてしまったら、また誰かに迷惑をかけてしまうかもしれない。誰かにまた責められてしまうかもしれない。ああ駄目だ。もう外に出ることも怖い。そう思った私は何年も一人暮らしの家に引きこもっていた時期もある。

 何があっても、何をしていても発作が起きた。

 結局家にいても考え事が止まらず、過呼吸になった。口から胃液を吐き出し、涙は千切れるようにして飛び散っていた。

「普通に生きていたいだけなのに」

 ぽつりと私はひとりでつぶやく。

 それでも生きてきた。ただ生きてきた。とにかく生きてきた。何が成功で、何が失敗かもわからない。このパニック発作と10年連れ添ってきた。これからも連れ添うことは終わらないだろう。これは別に諦めではないけれど。


 私は「治る」がわからず、社会に出続けた。そこで心が再起不能とまではいかなかったのは、本当に“たまたま”としか思えない。今自分が存在していることすら不思議なくらいだった。


 けど——

 今までそう思っていたけれど、実は私に、徹底していたことがあった。たまたまではなく、実現可能な道を歩み続けていたのかもしれない。そんなことを10年経った今、思い始めたのでこうしてこのnoteを書くに至っている。

 正社員もアルバイトも派遣も退職も無職も何度も経験した。前職は福祉事業所で、障害と向き合われている方々のサポートをする仕事もしていた。そんな折り重なった経験が、やっと「糧」になってくれている。私はパニック発作が1週間に1度は起きる頻度で今もいるが、それでも前を向いていられている。

 どうしようもない。理解されない。でも、理解されたいとも思っていないのかもしれない。私が私らしく、ただ生きたいだけ。では例えば、あなたはどんな姿をこれから想像するだろうか。

 夢を叶えてお金持ちになっている姿だろうか。障害が、全治とまでは言えないが、病状が治まって穏やかになる姿だろうか。生活支出に対して、自分の収入が足りている姿だろうか。働いて、対価を適切にいただけている姿だろうか。外に出て、歩いている姿だろうか。笑っている姿だろうか。

 あなたが抱えているものが、少しでも軽くなることを願い、このnoteを記したい。私の経験が血生臭く含まれているため、この先は届くべき人に届いてほしいと思っている。以下内容はエッセイ調になっている。

 ひとりではないこと、それを何より伝えたい。

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