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ASD当事者だけど社会性があると思っていたら大仰型の特性だっただけの話

こんにちは。
ASD当事者の紬(つむぎ)と申します。

私は子供の頃は典型的な積極奇異型でした。
しかし、子供の頃から「私って周りと違う」と思い、いじめや過度な叱責を避けるために普通になろうとしました。

大人になって経験を積み、定型発達者にとって適切な振る舞い方とは何かを学びましたが、なんとなくしんどさを覚えていました。
しんどさが積み重なってうつ病で倒れたとき、私が周りに擬態しすぎていてエネルギーを過度に消耗しているだけだと気付きました。

そして、ネットで調べてみても私のようなASD特性は情報が少なく感じたので、私から発信してみようと思い、この記事を執筆しました。


典型的なASD積極奇異型だった子供の頃

私は子供の頃から扱いの難しい存在でした。
犬の種類や生態、宇宙などに夢中だったことから、延々と自分の興味のあることの話をし、ちょっとでも注意すると激怒。
おかげで同級生や教師たちからひどく嫌われていました。

早生まれで体が小さかったことや、手先がひどく不器用だったこともあり、同級生や教師からひどいいじめを受けていました。
私はなぜいじめられるのかを幼くて拙い頭で考えた末、私は普通とは違っていると結論を付けました。


未成年者のサバイバル術

そこで、普通とは何かを知るために周囲を観察しました。
普通の女子は可愛いシールやメモ帳を持っているような流行のことから、普通の女子は宇宙に興味は持たないこと、普通の女子は犬の種類や生態に興味は持たず、表面的な「カワイイ」しか気にしないといった、人の価値観に関わることまで観察しました。
私は趣味を諦め、普通フリークスになりました。

また、この観察を通じて「会話のキャッチボール」という概念を学びました。
自分が意見を述べたら相手も意見を述べる。
ひとりが一方的に話し続けたら不公平だと気付きました。
私は「黙る」というスキルを身につけました。

結果的に小中高といじめられ続けましたが、他人を観察することは自分を客観的に見るスキルの向上に繋がったと思います。
人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものです。

こうした経験の積み重ねによって正しい(と私は思い込んでいる)言動を学んだ結果、表面上は社会に適応できるようになりました。
しかし、側から見れば堅苦しく真面目すぎる人に映っていたのです。

就労してからの身体の変化

ところが大学を卒業した後福祉職に就職するも、利用者さんに対して堅苦しい態度を取ってしまい、ほかの職員から「その対応は非常識」と捉えられてしまいました。
それ以外にも仕事ができなかったこともあり、自分を追い込みすぎてパニック障害とうつ病を発症しました。
職場で奇声をあげたり自分の髪の毛をむしり取るなどの異常行動が増え、退職に追い込まれました。

転職して、障害者雇用でスーパーの品出し業務を始めたものの、突然話しかけてくるお客さんに対応できず、動悸に苦しみました。
店長から勤務態度および接客能力は高く評価されていましたが、私は普通に働くために100%中250%の力を出してなんとか働けていた状態でした。

スーパーで就職してから、私が定型発達の世界に混ざるには相当なエネルギーを消費するようになり、結果的に年に1度はうつ病をぶり返して倒れていました。

仕事も転々としました。
当然ですが、どの職場もコミュニケーションは必要で、その度に神経をすり減らし、睡眠時間は1日10時間以上必要でした。
エネルギー切れが原因で、クリエイターの夢も諦めざるを得ませんでした。

ニート生活開始とASDの類型

昨年うつ病が悪化し、泣く泣く実家に帰って療養生活…という名のニートになりました。

ニートを始めて5ヶ月がたったころ、引きこもり・ニート支援の団体と繋がることができました。
面談中、私は支援員さんに「堅くならなくても大丈夫だよ」と声を掛けられました。
それでもいつも通りの対応を取ってしまい、支援員さんに心配されました。

そこで私は「無意識のうちにお堅く振る舞う癖」「普通の仮面を被っていたら取れなくなった」ことに気づきました。

その頃、たまたまASDの類型「大仰型」の存在を知りました。
ASDには「積極奇異型」「受動型」「孤立型」+「尊大型」があるのは知っていましたが、これらの発展型である「大仰型」はこの時初めて知りました。

大仰型の特徴を見てみると、私の特性そのままだったのです。

大仰型ASDとは

ここで私が調べた限りの大仰型ASDの特徴についてざっくりまとめてみます。

・場に合った振る舞いをしすぎてかえって不自然になってしまう
・堅苦しく形式的な言葉遣い
・表情や喜怒哀楽が大袈裟
・表面上はコミュニケーションをこなせるが、精神を消耗しやすい


これらの特性はASDの人が社会に合わせようと努力した結果とのことです。

例えるならば、定型発達者は人の気持ちを汲み取るアンテナが10本あるとしたら、ASDは1本しかない状態で、大仰型は1本だけで10本分の人の気持ちを汲み取ろうと努力している状態です。
それなら精神を消耗したり何かしらのボロが出てもおかしくはないでしょう。


自分を知ることの重要性

実家に帰って間もなく転院したため、医師に自分の特性はあまり伝えきれておらず、大仰型と決まったわけではありません。
あくまでそんな予感がしただけです。

私はコミュニケーション音痴を克服したと思っていましたが、その裏で精神力を犠牲にしていたと知り、私はまだまだ完全克服するには時間がかかるんだなあと落胆しました。

それでも、自分の苦手なことを押さえておくだけでも違います。
例えば私の場合だと、人と接すると疲れてしまう弱点があることを頭に入れておいた上で、疲れすぎないように対策をします。

例として、

・週に1度は人と会わない日を作る
・ノイズキャンセリング機能を使う
 (人の声を聞くと疲れるため)
・人と沢山関わった時は帰宅後すぐに休む

といったことができます。
もちろん、これらの対策がうまくいかないなら「なぜうまくいかなかったのか」を考え、反省を踏まえて新しい作戦を立てるもよしです。

もっとも、対策立てる前に倒れた奴に言われても説得力はないですが…。


おわりに

某所で大仰型について知ったとき、忘れられなかった一文があります。

大仰型は自分の取り組みを認めよう
自分の弱点に向き合った結果大仰型になった
 ※どちらも意訳

私が子供の頃から続けていた観察や、周囲に合わせようと努力してきたことは無駄じゃなかったと思い、安心しました。

一方で、環境への不適応や疲弊しすぎを防ぐため、大仰型でなくてもASD当事者は自分の取り扱い説明書的および対処法を作成して、自分に合った対策をすべきだと思います。
難しいなら第三者の力を借りるもよしです。

ASD当事者の皆様もそうでない皆様も、少しでも生きやすくなることを願っています。

※注意※

※私は医師でもカウンセラーでもアドバイザーでもありません。
あくまで個人の経験談として受け取ってください。

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