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小説『転生なんかクソくらえ』 第17話 急転直下

 私は大袈裟にテーピングを施された足で学校の駐車場に立っていた。新井先生と水野先生を複雑な家庭事情で何とか説き伏せ、どうにか今回の件は大事にはされずに済みそうではあったが、自分の都合を押し通した手前、新井先生の「家まで送っていこう」という提案を私は断ることができなかった。

 新井先生がなかなか現れないので、私はL字型の駐車場を少し引き返してその角から職員用玄関の方を窺った。すると、停まっている車のルーフ越しに高身長な新井先生の後頭部が見える。どうやら誰かと話をしているようだ。

 立ち聞きするのもよくないので、私は元いた位置まで引き返した。少しして、話し終えた新井先生がL字の駐車場の角から現れる。

「すまない、遅くなってしまった。ちょっと生徒に捕まってしまってな」
「いえ、大丈夫です」

 頭を掻きながら謝る新井先生に、私は普段生徒が立ち入るような場所でもない駐車場で一体誰と何を話していたのだろうと思いながら、先生の車が停めてあるところまでついていった。すると、新井先生がその高長身とはあまりに不釣り合いな小さな軽自動車のドアに鍵を差し込んだので、私はそれに失礼ながら一種の滑稽さを感じてしまう。

「ちょっと汚いが、まぁ辛抱してくれ」

 そんなことを言いながら、先生は助手席側に置いてあった荷物を後ろの席へと放り投げた。私は「失礼します」と断りつつ、空いた助手席へと乗り込んでシートベルトをする。

「家はどのあたりだ?」
「えっと、北団地のあたりに向かってもらえればそこから案内できます」
「北団地だな。わかった」

 新井先生はその長身を狭い運手席に押し込めると、エンジンをかけて車を発進させた。私はそんな新井先生のことを横目に見ながら、どうにも妙なことになってしまったなと、なんとも形容しがたい感想を抱く。

 私の家へ向かう道中、口下手同士の車内は無言に包まれた。話す話題がお互いに見つからなかったのだろう。とはいえ、そんな時間がずっと続くと気まずくなってくるというのが人間の性分というもので、私はとうとう耐えきれずに声を発した。

「私、先生のこと誤解してたかもしれません」

 迷った挙句に選んだ言葉がよりにもよってそれかと私は自分のコミュ力のなさに頭を抱えた。

「誤解?」
「えっと、言いづらいんですけど……もっとこう……冷たい人かと思ってました」

 私はおっかなびっくりその言葉を発したが、対する新井先生はまったく冷静で、その表情はほとんど崩れることがなかった。

「大森は私が担当しているクラスの五十沢という女子生徒が行方不明になっていることは知っているか?」
「え? あ、はい。知ってますけど……?」

 突然思いもよらない名前が飛び出したので、私の声は緊張で硬くなってしまっていた。なぜ今新井先生が彼女の話題を持ち出したのか、それがまるでわからなかった。

「実は一部の生徒からその子がいじめに遭っていたという話がでてきていてね。もっとも、加害者として名前が挙がっている生徒たちは誰もその事実を認めてはいないんだが……」

 淡々と五十沢幽について話す新井先生の声を、私は神妙な面持ちで聞いていた。「一部の生徒」というのが彼のことを含んでいるのは間違いない。しかしもし他にもいるのだとしたら、〝私〟はその人をあまり好意的には見ることはできないだろう。なんで今更、と思ってしまう。

「時折考えるんだよ。どうしてこんなことになってしまったんだろう、とね」

 言葉足らずな感じは否めなかったが、その目顔に苦悩の色が浮かんでいるところを見るに、どうやら新井先生は五十沢幽の一件に関して責任を感じているらしかった。稲垣先生の言うように厳格な性格のせいで誤解されてしまうのだろうが、きっと根は優しい先生なのだろう。

「あ、そこで停めてください」

 私が自分の家を指さすと、新井先生はその前で車を停めてくれた。左足を気遣いながら車を降り、新井先生にお礼の言葉を伝える。

「今日はありがとうございました」
「あぁ。また何かあったら遠慮せずに相談するんだぞ」

 先生はそう言いながら、たばこを一本取り出してそれを指の間に挟んでいた。どうやら私が乗っている間は吸うのを我慢してくれていたらしい。

 じらせてしまっては申し訳ないので、私は軽くお辞儀をしてから助手席のドアを閉め、母と同居している103号室へと向かった。部屋の中に入る間際、後で車の発進音が聞こえたので私はなんとなく振り返ってみたが、その時にはもう軽自動車はどこかへと走り去ってしまっていた。



 翌日のちょうど月終わりの火曜日、私と彼はいつもの橋の下のベンチで待ち合わせていた。

「カウンセラーの方からなにか聞き出せましたか?」

 IKOIから東高に派遣されているカウンセラーの不破卓人ふわたくとに話を聞きに行った彼に、私は早速今回の主題を投げかける。だが、彼は私の質問に対して大きくかぶりを振った。

「いーや、全然。幽のことについてはなんも知らないってさ。そっちは?」
「実はこっちもです……去年東高を担当していた矢吹穂乃果やぶきほのかというカウンセラーの方も五十沢さんについては何も知らないとのことでした」

 昨日の夜に届いた稲垣先生からのメールの内容を口頭で伝えながら、私はポケットからスマホを取りだした。

「一応寺嶋さんのこともあるので西高に配属されたことのあるカウンセラーの名前も聞いてみたんですけど……」

 私はそう言いながらメールの文面を表示したスマホを彼に見せる。

松村彰吾まつむらしょうご若林涼香わかばやしすずかって……東高となんの共通点もないな」
「そうなんですよね……」

 もし西高と東高の両方に配属されたことのあるカウンセラーがいれば、俄然そのカウンセラーが怪しくなってくるのだが、その線はこれで完全になくなってしまった。稲垣先生の話によれば、たとえカウンセラー同士であっても相談者の情報の共有は厳格に管理されているらしく、よほどのことがない限り担当校以外の情報を共有することはないと言っていた。

「これはもうIKOIの中に犯人がいるという可能性から考え直した方がよさそうですね……」

 私はそう言ってがっくりと肩を落とした。IKOIのカウンセラーが犯人ではないとなると、もう誰を容疑者にすればいいのか皆目見当がつかない。西高と東高の両方に接点を持ち、なおかつ生徒の友好関係や家庭事情を知ることができる存在など、他にあるのだろうか。

 いや、そんな都合のいい立場はきっと存在しないのだろう。であれば、寺嶋満月の事件と五十沢幽の事件を同一犯による犯行だと考えていること自体がそもそもの間違いだったと考え直すべきかもしれなかった。

 どんどんと袋小路に迷い込んでいく推理に、私は途轍もない絶望感を抱いていた。これから先、私たちは何の成果も得られないまま、ずっとこんなことを繰り返していくのだろうか。そう思うと急に虚しさに襲われる。

「確かにその可能性はもうなくなっちまったな……。だけどさ、それを考え直す前に一つ気になることが出てきたんだ」
「気になること、ですか?」

 私は彼がもたらした新たな可能性に期待を寄せずにはいられなかった。このどん詰まりの状況に風穴を開けてくれるような何かを私は渇望している。しかし、現実はいつも私を裏切るのが常だった。

「実は最近黒いコートを羽織った怪しい男が学校のまわりを徘徊しているって噂が生徒の間で広がってるみたいなんだ」

 なんと彼が口にしたのは情報ソースとしては最も下級の噂話だった。私は思わず呆然と彼の顔を見返し、彼の方でもそれに気づいて必至に釈明を試みる。

「ま、まぁ俺も実際に見たわけじゃないからただの噂なのかもしれないけどさ。もしかすると犯人は単純にストーカーによってターゲットを選定しているって可能性もゼロじゃないだろ? だから無視するわけにもいかないと思ってさ」

 正味彼のその推理はかなり粗雑なものだと言わざるを得なかった。ターゲットを見つけるためにストーカー行為を繰り返すなどというのはあまりに非効率的すぎるし、学校内で噂がたってしまうほどそんなことを繰り返していては逆に警戒されてしまい、目的を達するのが困難になってしまう。そんな迂闊なことをする人間が犯人だとは私には到底思えなかった。

 しかしそう考える一方で、私は彼の提案に代案を示せるわけでもなかった。彼の推理は確かにお粗末ではあるが、私のそれも随分と的外れなものだったではないかと思い直す。

「現状だともう他に手掛かりもないし、とりあえずダメもとでその不審者について調べてみないか?」

 彼も「ダメもとで」と言うくらいにはこの線の頼りなさを理解しているらしかった。それはつまり、私たちがそれだけ手詰まりの状況にあるということの証左でもある。

「わかりました。今後はその方針で進めていきましょう」

 所詮は悪足掻きだと知りつつ、私は彼の提案を吞むことにした。



 翌々日の木曜日は金曜日が文化の日で休みであることもあり、教室のあちこちで休日の予定を立てる声が聞こえていた。外の景色も徐々に赤や黄色が目立つようになってきており、そろそろ紅葉の見頃だぞと言わんばかりに木の葉たちが意気揚々としている。

 祝日の影響で七時間に伸びた授業を終え、初めて頼まれた掃除当番の代役をこなすと、私は他の生徒たちより十五分ほど遅れて帰路に着く。十一月になって日も随分と短くなってきており、私が学校を出た時にはもう街灯が点灯していた。

 母は今日から観光地へ泊まり込みのバイトに行っている。連休になると母は時折そんな風にしていつもよりいくらか割のいい仕事をしてくるのだ。私は母が家にいなくなってしまうのを寂しくは思っていたが、それでもいつもよりは健康的な生活が送れるであろう泊まり込みのバイトに行ってくれることには少し安堵している部分もあった。

 そういえば母の誕生日は十一月の中旬だった。去年は財布の中身を全て奪われてしまったために母へのプレゼントを用意することができなかったようだが、その原因となった女子生徒たちも流石に月曜日の一件以降私と関わろうとしなくなったため、今月のお小遣いは財布の中にそっくりそのまま残っていた。

 今年こそは母にプレゼントをしようと意気込み、何をあげようかとあれこれ思案していると、気づいたときには私は家のすぐそこまで来てしまっていた。路肩に停めてあるワゴン車をよけると、すぐ右手に103号室の入口が見える。私はカバンから鍵を取り出してドアを開け、数日間一人で過ごす部屋に足を踏み入れた。

 真っ暗なリビングに電気をつけ、床に荷物を置いて椅子に腰をかける。ダイニングテーブルの上には例の如く母からのメッセージがいつもより長文で残されていた。

 戸締りはしっかりすること。ガスの元栓はしっかりしめること。毎日三食きっちり食べること。たまには外に出ること――エトセトラ、エトセトラ。いちいち母らしいメッセージの数々に私は呆れてしまった。

「もう……。わかってるよそれくらい」

 そう言いつつも、私はその文章に込められた母の優しさを嬉しく思っていた。

 椅子から立ち上がり、上着を脱ごうとチャックに手をあてがう。すると突然、寝室の方で何かが落ちるような物音が響き、私は驚愕のあまり飛びのいて固まった。

 今ここには私以外の人はいない。当然、寝室の方にも誰もいないはずだった。私は恐怖に鼓動を加速させながら、おそるおそる寝室に繋がるドアへと近づいていく。しかし私はどうしてもドアを開ける気になれず、その代わりにドアを数回ノックした。

「お母さん? いるの?」

 私はいるはずのない母を呼んでみたが、返事は返ってこない。そこで私は意を決してドアノブに手をかけ、ゆっくりとそれを開けていく。リビングの明かりが徐々に暗い寝室に侵入していき、部屋の中にあるものを次々と浮かび上がらせていった。

「あ」

 私はドアを開け切ったところでその音の原因を悟った。ドアのちょうど正面にある本棚の下、そこに一冊だけ本が落ちている。

「なんだ、びっくりしたぁー。本が落ちただけかぁー」

 私は安堵のため息をつき、その本を拾い上げようとして寝室に足を踏み入れる。その時だった。

「んーーっ!!」

 背後から急に口元を抑えられ、私は声にならない悲鳴を上げた。しかし、直後首筋に走った激痛が私の筋肉を硬直させ、自由な動きを抑制する。床に倒れ込んだ私はそのまま拘束され、次には手首のあたりにチクリとした痛みが走った。

 〝私〟は焦っていた。それはいつかに経験した誘拐の手口と全く同じだった。なぜ今。なぜ大森沙夜が。一体誰が。そんな疑問が次々と溢れ出す中、私は必至にこの状況を打開する術はないかと闇雲に思考を奔走させた。

 しかしそんな思考も時間が経つにつれて徐々に勢いを失い、みるみるうちにその鋭さを欠いていった。次第に強烈な睡魔が襲い、私はそれに耐えるだけで精一杯という状況に陥ってしまう。そしてついには必死の抵抗も虚しく、私は全意識を奪われてしまった。

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