『本屋の人生』のこと
毎週土曜日に働いている伊野尾書店(東京・中井)の店主・伊野尾宏之さんによる『本屋の人生』(本の雑誌社)というエッセイを読みました。
伊野尾書店では本日1月19日から先行発売、一般書店では1月23日頃から発売予定です。
表紙の写真がエモい!と評判ですが、伊野尾さんが4歳のときに伊野尾書店の店頭でお父様に撮られた写真だそうです。
昭和32年にお父様が創業した伊野尾書店を、伊野尾さんが二代目として継ぎ、今年3月に閉店を迎えます。
詳細は本に書かれていますが、他の多くの書店の閉店と同様の理由です。
昨今は、「本屋は良いものだから大事にしよう」というムーブメントを目にすることも多く、厳しい状況のなか、新たに本屋を開業する人たちもいますし、新しい形の本屋の姿を模索する動きもあります。
一方、この『本屋の人生』に書かれているのは、私たちの日常に当たり前のように浸透していた本屋の姿です。
読書家の人たちが好き好んで訪れる場所というよりは、雑誌やコミックや文庫や実用書を、必要に応じて買いに行く場所。
今の私たちがスマホで何かを調べたり、新しい情報をキャッチしたり、動画をボケッと見たりするのと同じようなことをしに、多くの人が本屋に足を運んでいました。
伊野尾書店は、いわゆる「街の本屋」として雑誌やコミックを揃えながら、選書に定評があり、独自のフェアやイベントが話題になるなど、地元から出版業界まで幅広い人たちに愛されているお店です。「本屋プロレス」の聖地としても有名です。
伊野尾さんがブログやSNSに書いた本のレビューが作家や出版社の目に留まったり、著者の心を揺さぶるようなメッセージで関係を築いたり、といった伊野尾さんならではの種まきが、お店の存在感を高めていったはずですが、そうしたことはあまりこの本には書かれていません。
書かれているのは、お父様の代から伊野尾さんの代までの伊野尾書店の経営について。伊野尾さんの「本屋の息子」ならではの幼少期・青年期と経営者になってからの試行錯誤の歴史。印象的なお客さんやスタッフのこと。
伊野尾さんの語り口は一貫して低温で淡々としているのですが、時折、胸をえぐられるような気持ちになります。
それは、描かれている人たちの背景に、そこに描かれていないつらい気持ちや、ささやかな喜び、周囲の人たちの押し殺した感情が、うっすらと透けて見えるからです。
こういう文章の書き方ができる人を、私はあまり知りません。
しいて言えば、向田邦子のエッセイに通じる読後感があります。
伊野尾さんは、「いい本だけを置く本屋にはしたくない。頭のいい人たちに軽くみられるような本に救われる人もいる」と、かつて話してくれました。
それと同様のことが、この本の「あとがき」に書かれていて、こんな言葉で締められています。
そもそも、誰かにとっての「いい本」なんて、こちらで決められるものではないんじゃないか? という考えがありました。
同じページに、他にも印象的な文章がありました。
外に出るのが億劫になる猛暑でも、雨が降っている日でもやってくる彼らの姿に、私の方が励まされていました。ここでやってていいんだ、と。
平日によく来店する、学校に行っていないと思われる男の子や、仕事をしていないかもしれない中年男性の姿を見ての一言です。
そして、この本には、「晩年の悲哀」が描かれています。
晩年を迎える本屋の姿、だけでなく、印象的なお客さんたちの、晩年に向けて変化していく姿。
私たちは誰もがいつか晩年を迎えます。本を読むことさえままならなくなったり、気力が失せたりするかもしれません。
それはそういうものとして受け入れるしかない、でも…。
読んでいて、いろんな感情が引き出されました。
何かの答えが書いてある本ではないけれど、本が傍らにあった過去の自分や大切な誰かについて、思いを馳せたくなる本です。
本屋が身近にあった人も、そうでない人も。
昭和生まれの人も、平成生まれの人も。
仕事や人生がままならない人も。
何か引っかかるものを感じられたなら、この本を読む理由があるかもしれません。
