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嫉妬のクレヨン

嫉妬はクレヨンみたいだ。

クレヨンは、強くこすればこするほど色は濃くなり、紙を傷つける。強すぎると破れてしまうこともある。隣の青がキレイに見えると、つい自分の紙にも同じ色を塗り重ねたくなることもあるけれど、いつの間にかぐちゃぐちゃになった絵をみてふと気づくのだ。
これは、本当に自分の望んだ色だろうか。


子どもの頃、友達のクレヨンをうらやましく思ったことがある。今思えば、あれが初めての嫉妬だった。

自分の持っている12色より、あの子の24色のほうが自由に見えた。24色あれば、私もあの子みたいに上手なひまわりが描けるのに。12色しかないから、私はこれしか描けないんだ。そんな風に思っていた。

もし、あの頃の自分に会えるなら。
24色のクレヨンを手に入れたところで、私の絵はさほど変わらないということを教えてあげたい。そして、私は相変わらず気分屋なのだ。白とピンクが大好きなのは今でも変わらないけれど、空がキレイな日には空色が、みかんが美味しかった日にはみかん色が、私の1番好きな色になる。

大切なのは、クレヨンを何色持っているかではない。その時々の自分が本当に大事にしたい色をみつけて、それを迷わず選べる自分であるということ。クレヨンの色を増やすことよりも、自分が本当に好きな色をみつけることの方が、自分の描きたい絵を描くためには重要なのではないかと思うのだ。

だから、私のひまわりは黄色じゃなくてもいい。今日はピンク、明日は空色、好きな色で好きなように描けばいい。たとえクレヨンが1色しかなくても、あるいは100色あったとしても。あの子のひまわりはあの子のひまわりで、私のひまわりは私のひまわりにしかなり得ないのだから。


 人をうらやむ気持ちもきっと同じだ。誰かの持っているものを欲しくなる時もあるけれど、誰かのそれと自分に必要なものは、必ずしも同じとは限らない。あの子と同じクレヨンを手に入れたとしても、自分の絵が美しくなる色がそれとは限らないのだ。

嫉妬のクレヨンは、強く塗りすぎると心をぐしゃぐしゃにする。けれど、そっとなぞるくらいなら、今の自分にない色を教えてくれるのではないだろうか。

嫉妬を優しく塗ることができたなら。
自分の好きな色と、今まで知らなかった色と。
それはきっと、私にしか描けないひまわりになる。世界にたったひとつの、私だけの色に。

私は今日も大好きな色のクレヨンをとる。
誰かの大好きな色も、なるべく優しくなぞらせて。いつだって私だけのひまわりを咲かせられるように。


斉藤ナミさん、池松潤さん、
参加させていただきました😊
よろしくお願いします。

#嫉妬祭り
#フィードバック希望

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