最初の課題(25th anniv.)
友人からの「つっこの曲を家でも聞きたい」という声を受けて、
はじめて自身のCD-Rの音源集を作成した後に、
友人に渡した1枚のCDが、
のちのプロデューサーに双方の関係者伝いに巡り巡って届き、
そのプロデューサーからアポが来て実際に面接したのは2000年の9月下旬だったと記憶している。
「明日レコーディングだから、時間があるなら見学においで」
と言われて、高田馬場にあったレコーディングスタジオへ足を運んだ。
レコーディングしていたのは、先輩バンドにあたる方の新譜のカップリング曲。ちなみにこの当時バンドを担当されていたレコーディングエンジニアさんがわたしの友人の知り合いで、戸倉氏に直接デモテープを運んでくれた人だった。
スタジオに到着した頃、コーラス録りをしていた。
男性4人バンドだったのだが、裏声を駆使したなかなか高音域のコーラス録りで、けっこう苦戦していたようではあった。
「大丈夫、お前はマリリンモンローだ、頑張れ、はいもう一回」
「分かりましたwww」
という会話がされていたのも記憶にある。
その時コーラスをしていたのはボーカルではなくベーシストだった。
優しくて場の雰囲気を和ませてくれるベーシストと、戸倉氏のやりとりが可笑しくて(見学者がいるから意図的に楽しくしてくれたのだろうと思うが)プロの世界は、なんだか楽しそうだなとその時思った。
帰り際に、わたしに課題が与えられた。
1週間以内に曲を書いて来ることと、
ぱっつん前髪を伸ばすこと、
ナチュラルメイクに切り替える、もしくは普段はすっぴんで過ごすこと(肌荒れしてたので)
しばらく華美な服は着用しないこと、
3ヶ月以内に5kg痩せることの5つ。
5kg痩せたら、事務所やメーカーを決めるためのアーティスト写真を撮ってやると言われた。
わたしは遺伝的なものなのだろうが非常に太りやすい体質で、15歳からずっとダイエットしてきている。ピークだった15歳の時の体重と、一番細かったデビュー時の体重が30kg違って、痩せやすいが太りやすいため、気を抜くと2〜3kgあっという間に増えてしまう。
戸倉氏に出会ったのは、ちょうど気を抜いていた頃だった。
2ヶ月でマイナス5kgを達成し、
2000年11月上旬に初レコーディングと、宣材写真を撮影して貰った。

後に戸倉氏が言ってたが、
わたしは、これまで彼がたくさん出会ってきたアマチュアアーティストの中でも、かなりピンと来ない存在だったようである。
歌も上手くなければ、楽器がきちんと弾けるわけでもない、ギター弾き語りあるあるで音程もリズム感も悪い。音楽的な理論を持ち合わせているわけでもない。
「でも根性座ってるなって思った。あと行動がとにかく早い。昨日の深夜番組でこの本が紹介されててさ〜wwwってスタジオの休憩中に話すと、翌日にはその本を入手してスタジオに現れる。こちらがちょっとした提案をすると、素直に受け入れて、自分に取り入れてくる。月の、そのフットワークがめちゃくちゃ軽くて、スポンジなところに賭けてみようと思った」
と、当時のわたしを振り返り、戸倉氏がこう話してくれた事があった。
事務所やレーベルに送る用のアーティスト写真は、
なぜかモー娘。の「モーニングコーヒー」を意識した(というかそのまんまの)衣装で行われた。
その当時考えうる、わたしが最も似合わない衣装のひとつだと思う(笑)
記憶に残るかどうか、このフェイク感を理解して貰えるかが問題であって、似合う似合わないは関係なかった。
この衣装のままJR山手線に乗り(ジャケット羽織ってたけどね)ソニーミュージックの戸倉氏の元上司と面接し、ご飯を奢ってもらったりもした。懐かしい。

