安らぎに満ちた途端に言葉が出なくなった
「芸術は悲しみと苦しみから生まれる」
自分自身が、どうしようもない苦難や悲哀などの渦中に囚われている時、偉大な芸術家として謳われているパブロ・ピカソが残した言葉を唐突に思い出してしまう。そして過去に一度、私はその言葉を僭越ながら拝借し、一つの記事に綴っている。
今現在に至るまでの間、何故こんなにも文章が書くことができたのか。そう振り返った時に、自分の心の奥底に負の感情が解き放たれることなく蓄積されていたからだと、そういき着いていた。
その内に溜まったネガティブを書く力に変換することで、感情を少しずつ吐き出していくと同時に、今日までに此処で書き続けることができたのだと思う。
長い間に渡って抱えてきたその緊張感は、間も無く解放されつつある。自分にとってはようやく出口に近づいてきたと、一つの安堵感が心に入り始めてきている。
ただその一方で、以前よりも文章と向き合うための力が弱まっているのを、日に日に感じつつある。せっかく軌道に乗っている中、ふとしたことで歯止めがかかってしまわないよう、自分の中でうまくやりくりしている状態である。
しかしながら、ここのところ自分でも少し調子がおかしいと感じることがあり、言葉を紡ぎだそうにも、うまく繋げられていないような錯覚に陥っていた。特に、日付が変わって夜明け前に書き上げた記事では少々纏まっていないと、一通り作業を終えた段階で若干苛まれていた。
なんといえばいいのだろうか。始めた時よりも覚束ないというか、浮き足立っているような…。ちゃんと地に足を着いて、物事を話す姿勢が一定に保たれていない感覚に浸っている。
毎日、何らかしらの形で続けてきたにも関わらず、此処で紡ぎ出すための言葉が、まさかのタイミングでピタリと止まってしまったのである。伝えたいことは山ほどあるというのに、それらが奇妙な形で絡み合っている。
丁寧に解いていかなければ、これらは自分の思いがけないことで切れてしまう。そうなってしまわないように、今一度整理しておくことを所望されているようだ。
さて、これをどの辺りからなんと話すべきだろうか。本来ならば、今まで雁字搦めになっていた呪縛から、ようやく解放されたことに対して喜ぶべきはずなのに。どうも別の形で、悩みの種らしきものが芽生えてしまったらしい。
もしかしたら自分にとって、また一つ試されているようだ。これまで苦しみの中でもがきながら書き続けていたことから、今度は180度異なった環境の中で、どうやって言葉を紡ぎ出していくのかを。
そして、もしここからまた続けていくのであれば、これまでとは異なった思考で持ってやっていくことを、何処からか自分の見えていない所で密かに求められているのかもしれない。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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