ノー・プラン | 雑記
一切の言葉ですら何も浮かばなくなった時、唐突に題名が浮かび上がった。
同時に、かつてブラウン管のテレビに映っていた、白と黒だけで構成された唯一無二の砂嵐を思い出した。「ザー」と轟音を立てながら、とあるチャンネルの電波を受信できないことを叫んでいるかのように。
自分にとって日常の生活をこなしていく中、何らかしらの表現を生み出していくことが日課であるnoteについて、このごろ調子が悪いと感じることが多くなってきている。
密かに練っていた計画が無と化してしまったか、もしくは書く言葉そのものが急に出てこなくなったか、あるいは見当もつかないところに置かれているのか。
いずれにしても、それまで当たり前のように有った活力を、まるで激流に飲み込まれてしまった状態だ。こうして言葉に出力している最中も、思うように表したい言葉がなかなか出てこないまま、四苦八苦する始末にあった。
これまでにも、何度か続けることに苦戦や苦労を強いられてきた。それでもって最近になって、今日のように言葉が一ミリたりとも浮かんでこなくなる、という日が続いている現状である。
このままではいけないと、土台となる環境そのものを変えてみたり、できる限り思いつく方法をいくつか試みてきた。今現在もなんとか継続はできているものの、内容なり文面からにして、やはり「これで果たしていいのだろうか」と、なんとも納得しがたい負の感情に襲われている。
これら一連の流れを、スランプだとたった一言だけで片付けるのは容易い。しかしながらそう開き直ってしまえば、大袈裟な話で自分の実力とやらは「その程度のものなんだ」と認めてしまうことと等しい。
これには、アーティスト活動にも同じことが云えることなのかもしれない。コンスタンスに作品を生み出すことを念頭に、かつ自らの地位を保ち続けることを目標としながらも、長年に渡って活躍し続けてきた者はそう多くはない。
今までも、様々な要因を挟んでは継続が困難な状況に陥り、無期限という名目で活動を取りやめる著名人などを、テレビやラジオ等のメディア越しに何人も目にしてきた。
困難や危機を乗り越えて前線で活躍している人もいれば、そのままフェードアウトするかの如く表舞台に上がれなくなったまま生涯を閉じてしまったという人もー。
さて、今もこうして一つ一つ言葉を生み出すのに踠き続けるのであれば、ここが自分にとってターニングポイントなのだとして、何かを変えていかなくてはならない。
自ら手のうちに仕込んだ策が尽きてしまっても、この手足で手段を探して切り開く意思があればいくらでもある。ここでみっともなく弱音を吐いてしまうのは、まだまだ早い…いや早すぎる。
今の自分は「無計画」と苛まれることになろうとも、また一つ糧にしていくためにも踏ん張りどきなのだと、そう云い聞かせるのだ。
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