「こんなもんだろう」と言い聞かせるように
此処で書くことに限らず、あらゆる物事において、長い時間をかけて継続していくのは、やはり一筋縄ではいかないものだ。
…というように、自ら考える機会がここ最近で増えてからは、相変わらず何かの拍子で壁にぶちあたった際、振り返るようにしてきている。が、そのきっかけを生んだ当初と比べたら、今は深いところに潜り込んでまで悩み込むことは、粗方無くなってきている…と思っている。
もしかすると、自分の内に秘めた毒性なる要素が、すっかり抜け落ちてきたのかもしれない。そう結論づけてみるも、ひょっとしたら形勢逆転させるような別の要素が、突如として自分の手札に加わったのか。あるいは、これまで自分に張り付いていたメッキが、突然剥がれ落ちてしまったのか。
いずれにせよ、数字のような言葉しか喋ることを許されない世界で生き永らえているわけではないのだから、そうした要因が起こりうる可能性だって大いにあって良いと考えるのである。
しかしその一方で、いろんな物事において自分の価値観であったり視点等を広げようとするのは、ある意味で気が遠くなってしまいそうなかつてないエネルギーの量が必要であることも、一つの事実だと認識している。
今までの人生の中で最も重要な事柄だと意識していたものを、あまり重要なものではないと判断したり言い聞かせたりするに至るまで、余程のきっかけが生まれない限り、簡単に覆すことは困難であることも間違いない。
だが、そうした雁字搦めと化している鎖に、いつまでも囚われ続けている場合ではない。一つの固定概念として縛り付けられている己を解き放っていくには、まず自力で解決できそうな問題から紐解くべきだろう。
何事にも全身全霊をかけて取り組んでいくことよりも、如何に自分の肩の力を抜いて、周囲に惑わされずに継続することが、今を生き抜いていく自分の課題となっていくかもしれないのだから。
…とは云ってみたものの、自分の言葉を具現化して人の心に呼びかけようとするのは、意外と難しいものである。ゆえに時折、説明するうえでの着地点が見えなくなってしまい、うまく表せなくなってしまうことがある。
これにおいては私の、人間として非常に悪い癖だということは、充分に自覚を持っているつもりである。一日でも早く直そうと試みているが、どうしても空回りする結果に見舞われてしまっている。
その上で、もし単刀直入にアドバイスをするとしたら、困難を極めるような緊迫した状態に陥ったとしても、あまり深追いせず「こんなもんだろう」と、呆れるほどに笑い飛ばすようにして前を向いたらいい、というだけだ。
そもそも私自身、誰かに言葉として説教するような度胸を持ち合わせていないどころか、マトモなことを喋っているつもりなど更々ないのだから。
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