午年・・馬年・・ニーチェ。『ニーチェの馬』から『2001年 宇宙の旅へ』
2026年、スタート
みなさん、明けましておめでとうございます。
本年も、よろしくお願いいたします。
今年は、午年。
さらに「丙午(ひのえうま)」ということで、出生率の低下が予想されています。
「午」といえば「馬」。「馬」と来たら、「ニーチェの馬」。
ニーチェ好き、映画好きにとって、「ニーチェの馬」というのは、ひとつのキーワードです。
「ニーチェの馬」
ドイツの俊英文献学者として出発したニーチェは、ギリシャ悲劇を題材に処女作『悲劇の誕生』を執筆。すぐに「反時代的考察」4篇を発表する(『ダーヴィト・シュトラウス、告白者と著述家』『生に対する歴史の利害について』『教育者としてのショーペンハウアー』『バイロイトにおけるヴァーグナー』)。
これは当時、ドイツで主流となっていた考え方や権威を、その本質部分から批判し、”本当に重要なものは何か”を指し示した論考となっている。
と同時に、これらを読むと、それがカントやヘーゲルなどの通常の哲学書とは違って、思想的なエッセイに近いものであることがわかる。
ニーチェにとっての関心は、系統立てて、論理的に、自説を大伽藍のようにまとめ上がることではなく、人々に語りかけるように書くこと、それ自体にあった(ニーチェの憧れの著述家のひとりは、『エセー』を書いたモンテーニュ)。
ここからニーチェは、ヨーロッパの社会と文化の全体的な基層として横たわるキリスト教を「敵」として明示し、激しい攻撃を開始する。
ニーチェにとって、キリスト教は、弱者の敗北主義・ルサンチマンの温床であり、そこからの脱却無くして、次の展開はないし、健康的な人間性の回復もない。
その一方で、彼自身は、批判するだけではなく、キリスト教の害毒を洗い流した時に現れる「新しい人間像」を、”超人=ツァラツストラ”として創造した。
そうしたニーチェだったけれども、40代半ばになった頃、精神のバランスが崩れ、狂気に満ちた手紙を、隣人たちに何通も書き送るようになる。
心配した友人がニーチェの元を訪れると、彼は涙を流し、自分ではコントロールできなくなっている姿をさらけ出した。
この頃のニーチェの劇的なエピソードが、「ニーチェの馬」。
1889年1月、トリノにいたニーチェは、広場で飼い主に鞭打たれる馬を見ると、馬に向かって走り出し、首にすがりつくと、その場で意識を失い昏倒した。
彼の悲劇的な晩年を象徴する挿話として、強く印象に残る。
そしてこのことからインスピレーションを得て撮られた映画が、タル・ベーラの黙示録的なモノクロ作品『ニーチェの馬』。
タル・ベーラの『ニーチェの馬』は、個性的な強い説得力を持った作品だけれど、新年なので、こんな虚無的な白黒世界で終わらせるわけにはいかない。
ニーチェといえば、もうひとつ、いかにも新年にふさわしい作品、曲がある。リヒャルト・シュトラウスが『ツァラツストラはかく語りき』に触発されて作曲した同名曲。
この冒頭部分は、天才的な映画作家スタンリー・キューブリックが『2001年 宇宙の旅』でこれ以上ないほど的確な使い方をして有名になった。
この曲を最後に置いて、2026年の「note初め」にいたしましょう。
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