サイマジョ10周年にて、yousti(小林由依)の新曲「Game of life」が刺さる。現実逃避と言いつつ、自分の人生の手綱を握る姿
評価 ⭐︎⭐︎⭐︎
SNSを見ていたら、サイレントマジョリティーから10年を迎えたって話が盛り上がっていた。
「大人たちに支配されるな」って歌詞はいまだに強い言葉だなーって思う。強いっていっても、よいとも悪いともいえないけどね。いまは。
当時から言われてたけど、秋元さんや今野さんという制作側が年端もいかない子に命令して「支配されるな」と歌わせる矛盾があるじゃないですか。
そんな今「大人たちに支配されるな」という姿を、欅坂〜櫻坂の卒業生で、音楽やダンスで本当に表現してるのはたぶん小林さんだけだ。
欅坂のファンやbuddiesの皆さんも、小林さんのyoustiはあの頃の完結編として見ていくべきとは私は思うな。
さて、ナタリーの小林さんインタビューはなかなか読みどころある発言がたくさんある。ゆいぽんさんらしいな〜ってクールな諦念が溢れていてそこが読みどころかなって。
なによりも卒業後の自立って意味が際立つのは歌詞やダンスだ。インタビューによると、今回はコレオグラファーの選定など含めて、表現の多くを小林さんが行っていることが大きい。楽曲のリズムなんかの構造に合わせて歌詞を書こうとするまでに進んでいるのは、しっかりオタクも見ていくべき部分。
youstiの音楽は、明るく華やかであったとしても、小林さんの人生にもとづく諦念が漂っている。それがアイドル卒業という通過儀礼(きょうはこれが言いたかった⭐︎)を経てるとおもう。
小林さんはグループから卒業して、大人として自立した表現をやりますって意味でひとつのモデルみたいですらある。グループ時代から他メンバーのモデルになるような方だったと思うけど、ソロになったいまもそうかもしれない。
こう自立した大人、なんて雰囲気を持つにも関わらず、小林さんで見入ってしまうのはYousti自体が現実逃避みたいなもの、と自分で言ってるとこかもしれない。
思えばやけにゲームをフィーチャーした歌詞で、しかも本人はそこまでゲームに熱心ではなく、ゲームというのは現実から離れるものというメタファー(っていうほどでもないか)として扱ってるくらいではある。
私が小林さんで気になるのは、なんでこんな現実的にやってきた人が現実逃避を口にするのかといいうところ。
考えてみれば、ソロになって小林由依の名義じゃなくて、youstiという名前でやりますよーってこと自体も妙といえばそうでもある。これもまた、インタビューで垣間見える現実逃避ということのひとつなのかもしれない。
ソロ活動のコンセプトに逃避を据えながら、何か現実的で冷めた目線の歌詞なのも、やっぱり欅坂と櫻坂時代に負ってきた傷がいまだに深いということなのだろうか。仮にそうだとしたら、小林さんのソロとは単なる自立の良さを評することとは違う意味を持つことになるなって。
