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物語の欠片 14

-カリン-

 朝起きて身支度を済ませると、ちょうど迎えが来た。扉を開けて後をついて行く。しかし案内係は、研究室へ向かう階段を降りる手前で反対側に曲がった。カリンは思わず足を止めた。
「今日は、研究室には行かないのですか?」
「陛下がお呼びです」
 案内係はそっけなくそれだけ答えると、再び前を向いて先を歩いた。カリンは仕方なく後をついて行った。
 案内係に促されて謁見の間に入ると、そこに居たのは国王ひとりきりだった。いつも居る供の者は居ない。カリンは王の前まで歩いて行ってひざまずいた。
「おはようございます、陛下」
「おはよう、カリン。顔を上げて其処に座りなさい」
 そう言って傍の椅子を指差す。王は我が子に接するような優しい顔をしていた。
「両親を亡くしたばかりだというのに、色々協力させてしまって申し訳なかった。そなたの発した光というのが気になってな」
「いえ。構いません。家があんな風になって、お城に置いていただけたことはとても感謝しています。両親も、国葬扱いにしていただいて……。それに、私も知りたいのです。自分が何なのか」
 カリンはうつむいてそう答えた。
「そなたは考古学者の娘だ。そなたのことだから、この国の伝説は知っていよう?」
 王のいう伝説とは、大地の周期のことだ。魔物は大地から生まれる。大地に穢れが溜まると魔物になる。この国の武器は全て光の石という物質が使われていて、普段はそれで魔物を浄化して消滅させる。そうやって大地は、まるで人間でいう病のように身体から穢れを出し、自らを浄化する。
 しかし長い年月が経つと、浄化しきれなかった穢れが少しずつ溜まり、大きな闇となって現れる。その周期は凡そ三百年と言われていた。
 闇が現れた時、古代の人々は人柱を建てて闇を相殺していた。王国内に在る四つの神殿の四つの柱に対応する、火、水、金、風の化身を選び、その命を柱に捧げる。そうすると、王宮の奥に在る神殿の祭壇に光の剣と盾が現れ、時の王子か姫がそれを使って闇を浄化するのだ。
 その後、人柱の代わりに特別な石が使われるようになった。その石はやはり三百年の年月をかけて作られる。その石が人柱と同じ効果を持つことを、何処かの時代の考古学者が突き止めたという。そのおかげで、人の命を犠牲にせずに闇を浄化することができるようになった。カリンの父親はその考古学者に憧れて考古学者の道を選んだのだった。
 そこまで考えて、死んでしまった父親のことを思い出す。無念だっただろうな。カリンは両親が死んでから一度も涙を流していなかった。悲しいという感情があまり湧かず、そのことが少し後ろめたかった。
「そなたの力が伝説に関係するのかは分からない。結局今回は分からなかった。ただ、そなたはアルカンの森の中の森に入れるのだと、そなたの母親から聞いてもいる」
 カリンが返事をしないので王はそのまま続ける。
「少なくともその能力は、いずれこの国に必要となろう。このまま城で暮らさぬか? もし、城が窮屈ならば、城の外に新しい家を用意しよう。ただ、王室との繋がりは、絶たないでもらいたい」
 件の石は、アルカンの森の中の森に育つのだという。勿論カリンはまだ目にしたことはない。しかし確かに、入れなければ探しようもない。王の気持ちは理解できた。それでもカリンには即答出来なかった。
「陛下。お願いがあります」
 カリンは暫く考えてから漸く顔を上げて王の顔を真っ直ぐに見詰めた。王の顔は、やはり威厳のある国王というよりは、我が子に語りかけるような表情だ。それに勇気づけられて続ける。
「少しだけ時間をください。できればひと月くらい。……しばらくアグィーラを離れてじっくり考えたいのです」
「行く当てはあるのか」
「いいえ。でも、旅には慣れています。まず、アルカンの森へ行きます。陛下は私の話をお疑いでないようですから申し上げると、森の中の森に、古い大きな樹があります。それが、アルカンの森の主様です。主様は、私に色々教えてくださいます。それが自分の頭が創り出した幻聴なのか、それとも本当に主様のお声なのかは分かりません。けれど、主さまのところへ行くと、自分の中の考えや気持ちがよく理解できるのです。その後のことは、それから考えます」
「……分かった。ただし、そのまま居なくなってしまうことはしないと約束してくれ。王の命令ではない、私個人との約束だ」
「ありがとうございます。ひと月したら必ず戻って参ります」
「必要なものがあったら入口に控えておるバジルに言うがよい。気をつけてな」

 城を出て真っ直ぐ、ヨシュアの工房へ向かった。きっと心配しているだろう。姫の誕生日の式典はいつの間にか終わってしまった。カリンは結局出席しなかった。無理にでも笑える自信がなく、祝いの席に影を落とすのが憚られた。姫には祝辞の書簡を送るだけに留めた。
 ヨシュアは工房に居た。声をかけるとカリンの方を見て驚いた表情で固まり、その顔のまま近づいて来たが、動揺したのか途中で均衡バランスを崩した。カリンは慌てて駆け寄る。
「ヨシュアさん、大丈夫?」
 ヨシュアの顔を近くで見ると、自然に笑顔になれた。カリンの笑顔を見たヨシュアは杖を持っていない方の手で、黙ったままカリンを強く抱きしめた。
 暫く、そのまま時間が過ぎた。
「良かった……」
 ヨシュアの口から掠れた声が漏れる。
「心配かけてごめんなさい」
「いや……すまない。大変だったな」
「うん」
「これから、どうするんだ?」
 カリンは、これまであったこと、先程の王との会話までを順を追って話した。ヨシュアは黙って話を聞き、話が終わるともう一度カリンを抱きしめた。
「そうだ、俺、王室御用達の印を貰ったんだぞ。カリンのおかげだな」
 それを聞いてカリンは心から笑顔になった。
「凄いじゃない。私のおかげではなくてヨシュアさんの力よ。良かった、姫様もお気に召したのね」
 ヨシュアは、ちょっと待ってろ、と言って作業台に戻り、包みを持って戻ってきた。開けてみると、約束したグローブだった。ゲイルの鞍よりも黒に近い茶色の皮に、鞍と同じ木と風の意匠。アーヴェ文字の刻印は「カリン」とだけあった。手を通すと、まるで何もつけていないかのようにカリンの手にしっくりと馴染む。
「遅くなったけど」
「ううん。とても嬉しい」
 今度は、カリンがヨシュアの背中に手を回し、胸に顔を押しつけた。
「ありがとう、ヨシュアさん。必ず戻ってくるから」
 そう言ってカリンはヨシュアの工房を後にした。

 厩舎に行くと、ユッカが居た。
「思ったより元気そうで良かった。でも、ゲイルがな……」
 そう言ってゲイルの馬房の方を見る。カリンははっとしてゲイルの馬房に駆け寄って呼びかけた。それまで奥の隅にじっとしていたらしいゲイルは、カリンの声を聞きつけると駆け寄ってきた。見ると、随分痩せている。カリンは扉を開けて中に入った。
「ごめんね。心配かけて。私は、大丈夫だから」
 ゲイルの首に手をかけて抱きしめる。ゲイルは甘えるようにカリンの顔に自分の顔を擦り寄せた。
「お前が来なくなって暫くすると、めっきり食欲がなくなってな。あまり、動かなくなった。カリンは無事だって言ってみたんだが、俺は信用が無いらしい」
 ユッカが馬房の外からそう言う。
「ゲイル、私、アルカンの森に行きたいのだけど、行ける? 無理そうだったら、今日は一緒にここで休もう」
「おいおい。もう秋だ。夜は冷えるぜ」
 ゲイルは、大丈夫だというように馬房の外に出ようとした。
「本当に大丈夫?」
 カリンはゲイルの目を見て訊く。身体は痩せていたが、ゲイルの眼が大丈夫だと言っていた。
「分かった、行こう」
 カリンはゲイルの額に自分の額をくっつけて言った。
 ユッカにも気をつけてなと見送られながら、カリンはアグィーラを後にした。アルカンの森で自分は何を思うのか分からない。でも、もう戻れなかった。

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